あー、お腹すいた。I'm hungry! なんか食わせろー!
うーん、これからしばらく主人公たちの出番はないよ。もし、なんか希望があればだすかもわからないけど。
彼女が空から降ってきて大地に巨大なクレーターを作ってから数秒後、彼女はムクッと眠そうな眼で起き上がった。どうやら彼女はさっきまですごくいい夢を見ていたようで、その表情は快楽に満ちていた。
「……? ゔ〜ん……」
彼女は立ち上る煙の中、彼女はケロッとした顔で半開きの目をこすった。あれだけの高さから落下したというのに彼女の体にはたんこぶどころか傷1つなかった。いや、あの強さを持ち合わせている悪魔がこの程度でダメージを負う方がおかしいだろう。なんたって彼女は最恐の悪魔であり、ななしさんの非常食なのだから。
グゥ〜〜
「あ〜お腹すいたなぁ。そういや朝食もまだだったしなぁ……とりあえずなんか食べるか。」
そう言うと彼女は大きなあくびを1つし、クレーターから脱出した。そして本能の赴くまま彼女はうまそうなエサを求め歩き出した。幸いにも自分の作ったクレーターは大量のエサの興味を引いている。まさか自分が雲から落ちてきただけで、警戒心もなく近づいてくるとは。別にそれが悪いことだと決めつけるわけじゃないけどさ……せめてもうちょっと注意とかしようよ。
「……。」
私は頭の羽にチロッと集中し、周りのエサに流れているわずかな電気をキャッチした。彼女は頭の中でその電気の数を数える。その数、だいたい10……正確に言えば13か。ちなみに筋肉を動かす信号は主に電気信号である。つまり全生物には少なからず電気が流れている。私はその電気を世界中、いや太陽系くらいの広さでも余裕かな? それくらいまで行くともう電波になっちゃうけど、それらを操れる私がキャッチできない電気などない! ……と言いたいけれど、実はどうしても操れない電波がいくつかある。
それはあの憎たらしい性別詐欺のデカパイモンスターと、愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて、もう何不可思議言っても足りないくらい愛おしい神様。
私はどうしてもその2人が操れない。正直に言うともう1人いるけど……別にあいつには触れなくてもいいや。ま、1人はどうしても操りたくない存在だし。だってそうやって手に入れた愛なんて、そんな中身のないスッカスカなものいらないもん。私は自分だけの魅力で彼を振り向かせたい。私を悪魔とか化け物とかあるいは師弟の関係とかじゃなくて、その……1人の女の子として見てもらいたい。そしていつの日か……デ、デート……とか……けっ……
ボフンッ!! プシュ〜……
「ああ! ボスゥ! 私だけのボス! それはまだ早いんんじゃなぃ!? ああんっ! ボスゥ! もうメチャクチャにしてぇ!!」
彼女は顔を真っ赤にしながら、その場で喘いだ。1人で。体をくねらせ、汗を吹き出し、あまつさえあそこがところもキュンキュンと疼いている。ちなみに彼女の寝起きは最悪そのもので、さらに寝ボケも酷すぎる。つまり今、彼女はいい夢から覚めてしまったことに元から備わっている寝起きの悪さが加算され、かなり危険な状況にあるのだ。普段からもそうだが、こうなってしまった彼女はそう簡単には止められない。もし止められる天敵のななしさんか、元神である王 正希くらいだろう。
「ああもう! ボスのこと考えてたらさらにお腹すいちゃったよぅ! 全くボスったら……私の体さえもをこんなに変えてしまうのね。」
彼女が喘ぎ声を混ぜながらそんなことを言っている最中、とうとう彼女のエサが興味につられてやってきた。
「なんだこりゃ……隕石でも落ちてきたのか……?」
「うぇ! すっごい煙! もう、いったい何が落ちてきたのよ!」
「なんか……人? いや、子供? なんか真ん中に子供がいない……?」
そのエサたちは立ち上る煙の中にいる小さな影を捉え、さらにそれが悶えているのを見つけた。そしてだんだん煙が晴れ、彼女の姿が彼らの目の中に飛び込んでいく。
「えっ……何あいつ……なんか頭から羽生えてるし、それに裸だし……気持ち悪。」
「雲の子……っていうの? それとも天使とか?」
「まっさかぁ。そんなのがいるわけないじゃん。」
エサたちは彼女を見て口々にざわつき始める。中には彼女の姿を写真に撮るものもいた。ちなみに彼女はそんなことなど一切気にせず絶賛悶え中である。それも全裸で。
そもそも彼女には服を着るという文化がなかった。そんな彼女が服を着始めたのはボスに一目惚れしたその翌日からだった。あれは彼女がななしさんにボロ負けして半ば強引にこの世界に連れてこられた時のこと。傷ついた彼女はベットの上で寝ていた。そんな時、トントンとドアが音を立て、そして開いた。そこから入ってきたのは、見るも美しい好青年だった。その姿は後光を放っているようにさえ見えた。
私はその瞬間、ベットの上にいるはずなのに、ストンと落っこちてしまった。
恋に。
それから名前を聞き出すまでに永遠とも呼べそうなくらいの時間が経った。名前を聞くだけなのに、すっごく勇気が必要だったのんて、思ってもみなかった。念のためと勇気をつけるため、私は今朝、近くの畑からたっくさん私の大好きな花を摘んで花束にしてきた。
大丈夫、ふつーにしてれば大丈夫。そう自分に言い聞かせながら、私は勇気を振り絞った。
「ね、ねぇ、あなた名前はなんていうの?」
「正希……王 正希だ。思えば結構今更だな。それで? 俺になんか用か。」
「実は……その……好きです! 大好きです! まだ出会って間もないけど! 初めて会った時に一目惚れしちゃったんです! こんなこと言うのっておかしいかもしんないけど、でも好きになっちゃったんです! それとこれ……受け取ってください! 今朝、私が1番好きな摘んで花束にしたんです!」
私は口ごもりながらもそう言って、彼に血の色みたいに真っ赤な花の花束を手渡したんだ。あの時どうしてあんなに緊張しすぎてしまったのだろう。今でもその光景は鮮明に思い出せるし、その悔しさも忘れられない。
そのせいで私はその時、彼からオーケーをもらえなかったんだ。彼は困ったように笑いながら花束を受け取った。けど、それは私のことが好きだからじゃなくて、私が傷つかないようにするために敢えてそうしたんだ。そのことは空気を通してヒシヒシと私の心へと突き刺さった。ああ、そうか、私の思いは彼に届かなかったんだ。私がどんなに早起きして彼のために花を摘んできても、それをどんなに綺麗な花束にしても、私がしっかり思いを伝えなくてはなんの意味もなかっんだ。
私ががっくりとその場にうなだれていると、彼は優しい声で私に語りかけてきた。
「えっと……花束、ありがとな。うん……快堕天は変わった花が好きなんだね。」
「うん……綺麗でしょ? 血みたいに真っ赤で。」
「お、おう……」(まさか告白されて手渡された花が彼岸花だったなんて……こんな経験一度もないぜ。あってたまるかって感じだけど……)
「彼岸花……嫌い?」
「えっ、いや嫌い……ではない……かな?」
「じゃあ……好き?」
「ああ……う、うん。まぁ、綺麗だし……」(花言葉はちょっとアレだけど……)
その言葉を聞いた瞬間時 、跳ね上がるくらい嬉しかった。闇で埋め尽くされた心の中が希望の光で満ち溢れてるみたいだった。だって私が好きな花が彼も好きだったなんて、こんな奇跡滅多にない。やっぱり私と彼は運命の赤い糸で結ばれてんだ。そうと決まればこうしちゃいられない。もっと摘んで、たくさん摘んで彼を喜ばせてあげなくちゃ。
「お、おい。どこへいくんだ?」
「どこへって……決まってるでしょ。彼岸花畑よ。この庭いっぱいを彼岸花で埋め尽くすのよ。きっと綺麗よ。辺り一面に咲き乱れる彼岸花!」
「やめろぉ! 俺の庭だぞ! っていうかお前はまず服を着ろぉ!」
ってな感じだっなぁ。私の初プロポーズは。結局あの後、彼岸花畑を作るなら服を着てからにしろってこっぴどく怒られたっけ。ちなみにまだ彼の庭に私の彼岸花は咲いてない。え? それはなぜかって? 決まってるじゃない。
「もし私たちが結婚式を挙げた時は、この庭いっぱいに彼岸花を植えようねー。」
「やめて、なんか不吉!」
って彼と誓ったからなんだ。うふふ、まだかなまだかなぁ、私たちの結婚式。なーんてね。
彼女が無垢な笑顔で妄想している中、エサたちはとうとう彼女に近づこうとしていた。それは彼女の姿による恐怖ではなく、興味からくるものだった。彼女の本性がどれだけ恐ろしいかも知らずに。
「おっ、近くで見るとなかなかかわいいじゃん。」
「そうだな、頭のかわりに羽が生えてるって言ってもそれ以外はただのガキだしな。」
「にしても子供がこんなところで全裸とか、これって向こうから期待してるってやつじゃねぇの?」
穢れ、醜く、野生の勘を失ったエサたちはじわじわと彼女に近づいた。
彼らは思った。目の前にいるのはただの小さな女の子。頭から羽は生えているが、それ以外はなんでもないだろう、と。チョイと押せばあっさりついて来そうだ。こんな可愛らしいガキ、見たことねぇからな。少なくとも人間じゃないけど、だからといって恐れる要素は微塵もない。
「よぉ、お前。いったい何してんだ? こんなところで。」
「おょ? おじさんたちはどちら様で?」
彼女はキョトンと首を傾げ、大きな瞳でこちらを見た。その姿は正に天使と呼ぶべきものだった。愛らしく無垢な笑顔と幼い体。やや胸は未発達で、大事なところは全て頭の羽が隠している。だがそれもヒュウっと風が吹けばすぐに見えてしまいそうだ。まさかこんな生き物がこの世に存在したとはな。
「いったいお前はどこから来たんだ? まさか空から降ってきたとかじゃないよなぁ?」
「ううん、あそこ。」
彼女は首をふるふると振ると、空の雲を指差した。
「おいおい、冗談きついぜ。あんな空高くから落ちてきて無事で済むわけねぇだろ。」
「むむっ! 冗談じゃないもん! 雲の上で寝てたら落ちちゃっただけだもん! ぷくぅー!」
彼女はエサたちに向かって威嚇するように頰を膨らませた。たしかに彼女が言っていることは本当だった。だがエサたちはどうしてもそれが信じられないのだ。無理もないだろう、3次元までしか認知できない彼らの脳が、その先の次元を生きる彼女のことなど理解できるはずがないのだから。
「はははっ! お前面白いな! どうだ? おじさんたちといいことしないか? きっと楽しいぞ。」
「楽しいことー? 楽しいことー……楽しいことー! わーい! するする! それじゃ鬼ごっこしようよ! 私が鬼をやりたい!」
「ちょっとちょっと勝手に決めんなよ……ま、いいか。それじゃ俺らが逃げるから、お前が鬼な。」
「うん! それじゃ30数えるね! あっ! それとさ、ただやるだけじゃつまんないからぁ、何か賭けようよ! 私が勝ったら私のの願いを聞いて、あなたたちが勝ったら私があなたたちの願いを聞いてあげる! それでどう!?」
「あ、ああいいぜ。お前がそれでもいいのならな。」
「わーい!」
彼女は元気な声でうなづくと、その場にうずくまって数を数え始めた。それを見てエサたちは笑いながら逃げる。まさかこんな子供に負けるわけがないだろう。彼らはそう信じていた。いや、確信していた。だが彼女は自身たっぷりで答えていた。やれやれこれだからガキの面倒は疲れる。だが彼女は自分たちが勝ったら俺たちの願いを聞くと言っていた。それなら彼女には自分たちの……
「さんじゅ! よーし!」
そんな妄想を張り巡らせているなか、とうとう彼女が数え終えたようだ。さて、少々大人気ないが彼女には負けてもらおう。俺たちの願いのため……
「みっけーた! よーし、これで3人全員みっけたぞー! イェーイ! 私のかちー!」
ふと背中をポンと叩かれ振り向くと、そこにはいるはずのない彼女の姿があった。なぜ、なぜ、いったいなぜ、疑問が頭中から湧き出てくる。その答えを知っている彼女はわーいわーいと喜んでいるだけだ。
「な……なぜ、いくらなんでも早すぎるだろ……」
エサは震える声でそう呟いた。だけど彼女はその質問には答えず、
「それじゃ願い事ね。ぷすり。」
と言って頭の羽を1つ毟るとエサの頭に突き刺した。
その瞬間、エサの体にピリッと何かが流れ、そして一切体の自由がなくなった。
「……!」
「他の2人もとっくに見つけちゃったからね。ほら、おいで。」
彼女はそう言って一緒にいた2人を呼び寄せた。彼らも自分たちと同じように、頭に羽が刺さっていた。だが彼はそんなことなど全く考えられなかった。
なぜなら自分の体が全く動かないからだ。瞬きをすることも、半開きの口を閉じることも、指先をほんの少し動かすことさえも、膝を震わせることさえも、頰をひきつらせることさえも、なにもかもできなくなっていた。なぜ、なぜ、動かない、動かない動かない動かない動かない動かない動かない体が動かない。
だが脳だけは動いている。意識はたしかにある。だがそれだけ。他の2人も同じなのだろうか。いや、同じだろう。現に彼らはさっきから一度も瞬きをしていない。
だんだんエサたちは自分たちの置かれた状況を理解し始めた。だが理解したところでどうしようもないなかった。
「それじゃあ私のお願い。3人とも私の朝食になって欲しいな。いいよね? だって約束したもんね。まさか裏切るような醜い大人じゃないよね?」
彼女はこちらの顔を覗き込みながら語りかけた。その顔は先程と変わらなく愛らしい表情だった。だがなぜ今にもだろう。その顔はどこか狂気に満ちていた。
吸い込まれそうな瞳、そっと触れたら柔らかそうな肌、風が吹いたらふわっと浮き上がりそうな羽。その体全てが彼女の魅力だった。
だがそれは全て罠だった。
彼女が自分たちのような人間を喰らうための罠。
そして一度それに捕まってしまえば二度と逃げることはできない。
彼女は天使ではない。
悪魔だ。
「そうだよ。でもそれがなにか?」
彼女はそう言った。まるでこちらの思っていることがわかっているかのように。
「わかってたよ。最初っからね。君たちエサのことは全部。さ、朝食だ。」
パサッ……バサッ……
彼女は相変わらず無垢な笑顔で羽を伸ばした。その羽はじわじわと自分たちの体を包んでゆく。
「ごめんね、私、誰かに自分が捕食してる姿を見られるの好きじゃないんだ。最後の景色が私の羽の中でごめんね。」
彼女はそう呟きながらとうとう自分たちの体を包んでしまった。辺りは真っ暗、いや闇だ。彼女の闇。それが自分たちを取り巻いている。暗い、暗い、なにも見えない。どこから来る? なにが起きてる? 自分たちはどうなるんだぁ!? これから俺らはどうなるんだぁ!?
「だいじょーぶ。痛みゼロだから。ちゃんと骨も残さず食べるよ。だから安心して……
いただきまーす。」
数秒後、彼女はゆっくりと羽を解いた。そこには血まみれになった彼女が1人、無垢な笑顔を浮かべて立っていた。足元には血どころか、彼らが立っていた足跡さえも残さずに。
これからも暴走美月ちゃん、このキャラ嫌いじゃないです。
別に彼女はマッドなわけでも狂っているわけでもないんです。
どこまでも純粋で無垢なだけなんです。




