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やっと本編始まるよ  作者: ゆっくりガオウ
21/31

吸血鬼と金の化け物

遅れてさーせん。

「うぅっ! ぐぅ!」

散らかった部屋の掃除に響く喘ぎ声。そしてその声を楽しみ、腹の奥からこみ上げる笑いを止められず口が三日月のように歪む女が1人。1匹と1人がその場にいた。

「あははは! いいざまだねぇ。まさか私の髪を引きちぎるとは思ってもみなかったよ。まぁ無駄だったようだけどね!」

彼女は相変わらず狂ったように話す。髪を引きちぎった影響かその顔はさっきよりもより凶悪になっているような気がした。

「でも……あんた凄いよ。あんなこと、並大抵の奴にできることじゃない。その力を反省して他の奴らは逃してあげる。安心なさい。」

笑い狂っていた彼女は突如冷静になって話し出した。その姿はまさしく情緒不安定そのものだった。でもそのことが逆に私の恐怖を煽った。私の体はさっきよりも強く髪が巻きつけられている。せっかく止めた右手の出血も締め上げられることでまたドクドクと吹き出していた。胃の中では今だににんにくが化学反応を起こしていてズキズキと痛んでいる。だがそんな痛みも彼女を前にすると変に和らいでしまうのだ。それはきっと彼女への恐怖と嫌悪が感覚を麻痺させているかだと私は思った。吸血鬼の三大弱点、『十字架』『にんにく』『太陽の光』に加え『暁 柊』が入ってくるような気さえした。

「くそッ! 離せぇ!」

「せっかく捕まえたんだもん。もうどこへも逃がさないわ。」

私は必死に髪の中でもがいたが、もはや私1人の力でどうこうできる次元じゃなかった。まるでここは巨大な蜘蛛の巣。私たちのような獲物をジッと、ただジッと待っている。そして引っかかった獲物は決して逃さず、生きたまま嬲るように捕食する。それから逃げようと辺りを駆け回っても、捕まってしまいもがいても、どっちみち蜘蛛の糸が絡みつき体の自由を奪っていく。

そう、これは決して逃げられない鬼ごっこ。ゲームに参加してしまったが最後、必ず捕まり食われる。

彼女には勝てない。このマンションの中で彼女は無敵だ。どうあがいても勝てない。勝つことなど夢のまた夢。


私はもがくことをやめた。抵抗することもやめた。

彼女のどうしようもない力に身を任せた。


「……やっと大人しくなってきたね。でもそれだとつまんないなぁ。」

「……くっ。」

彼女は私の体に馬乗りになるとそのまま寝そべるような体制になった。彼女の白い肌がより目の前に近づき、やや荒い息が頰に当たった。

「うふふ、あはは、永牙ちゃんの胸っておっきいんだね。それにあったかいし、柔らかいし。」

「さ、触るな……」

彼女の手は私の胸をいやらしく撫で回した。そしてその先端を手でつまむようにぎゅっと揉んだ。

「柔らかーい。すっごーい。……ん?」

笑顔で胸を触る彼女は急に何かに気づいたようでピタリとその手を止めた。そして私から目を外し窓の外をジッと睨んだ。



彼女が視線を外すほんの少し前、窓の外では目を覚ましたUMAたちが廃墟と化したマンションの壁を見つめていた。その壁にはレースがかかるかのごとく金色の髪が壁に吸い付くように垂れ下がっていた。

「早くドラキュラを助けないと!」

「わかってる! でもどうやって!? ドラキュラの力でさえ歯が立たなかった髪なんだよ!? 私たちでどうにかできる次元じゃない!」

目を覚ました彼らは必死にドラキュラを助けようとしていた。だが彼らは何もできずにいた。そのままマンションの中に突っ込んでいけば自分たちもあの化け物に食われることは目に見えていたからだ。ゾンビの話によればこの髪のダメージは直接化け物に通るということ。

だが物理的にダメージを与えようと近づけば金色のレースは威嚇するように抵抗する。ゆえに今の自分たちには化け物に攻撃することもできないのだ。

と思ったその時、モスマンがポツンと呟いた。


「あっ、ポケットにライターが入ってた……」

その言葉にUMA全員が反応した。もしかしたら、これならいけるかもしれないと全員の考えが一致した。


彼はライターに火をつけるとそれを髪に向かって投げつけた。ライターの火はレースに着火して瞬く間に広がった。

「やった! これで奴が怯んでくれれば……!」

轟々と燃え盛る炎を見て彼らは歓喜の声を上げた。その声と同じくらい炎は広がっていった。


だが、



グジュッ! ボシュン……


「えっ……」

燃え盛る髪はぐるぐると巻かれ1つの大きなお団子を作ると、それを他の髪が埋め尽くすように絡み、巻きついた。そしてしばらく経ってそのお団子が解かれるとさっきまであんなに燃えていた炎は跡形もなく消えていた。

「そんな……」

彼らたちはその場にへたれこんだ。もうダメだと心は折れてしまった。もはや彼らにできることは無事に帰って来られるかもわからない仲間の無事をひたすら祈ることだった。



「あー、驚いた。まさか私の髪を燃やすなんて。ま、そんなの計算のうちだけどね。」

彼女は笑いながら窓の外を見ていた。彼女は自分の髪が燃え始めたと同時に髪を束ね被害を最小限に抑えたのだ。

とはいっても彼女にとって髪は手であり、足であり、目であり、耳であり、命そのものだ。ゆえに彼女にとって髪は最大の武器であり最大の弱点であった。

「ねぇねぇ、永牙ちゃんの仲間全員諦めちゃったみたいよ。まだやれることあると思うのに。」

彼女は私に語りかけた。まるで私を絶望の底に落とすように。どうやら仲間たちは諦めてしまったようだ。でもそれはしょうがない。こんな化け物に挑んだから敗北は確実なのだから。だからみんな、今すぐこいつから逃げて。今のあなたたちにはそれしかできない。


お願い。せめて、生きて、私の代わりに、私が生きられなかった時間の分まで。


「あなたまで諦めちゃうの? 最後まで諦めるなってよく言うでしょう? ねぇ? ちょっと!? あーあ、つまんないなぁ。」

化け物は慌てて私の頭をポンポンと叩いた。それはまるで私を励ましているようだった。でも光を失った私の目にはそんな彼女の顔なんて映らなかった。私はスッと目を閉じて訪れない死を覚悟した。どうせこいつのおもちゃになるのなら、自分の人生はここで終わると言うのなら、もうどうでもいい。何が起きても、構わない。私はここで死ぬのだから。



「……面白くない……おもちゃはちゃんと主人を楽しませるのが仕事でしょ? 何にも言わないのならいらない。こんなおもちゃ。」


ぽいっ


「……えっ?」

「行きなよ。あんたつまんない。だからいらない。ふぁあ……もう眠いから寝る。」

化け物は巻きついていた髪をあっさり離した。そして髪で波を作るように私を窓の外に押し出した。幸い外はまだ雲がかかっていて日光は遮られていた。私の体は一瞬宙にふわっと浮いたがすぐに地に落ちた。

私は目を見開いて自分が出てきた窓を見た。すると外に垂れ下がっていた髪はその窓からシュルシュルと吸い込まれて、そしてピシャッと閉められた。

あっけに取られている私の気はどこか遠い世界に旅立っているようだった。そんな私を帰って来させたのは背中をポンと叩く私の仲間たちだった。

「ドラ……キュラ? 帰って……きたんだね?」

震えるような声で尋ねてきたのはネッシーだった。私は戸惑いながらもコクンとうなづくと、みんなはその瞳から涙を溢れ出しながら私に抱きついてきた。

「よがっだ! ぼんどうによがっだぁ!!」

みんなは私に飛びついて服を涙で濡らす勢いで顔を擦り付けた。私は自慢の怪力でなんとか彼らを持ち上げながら影があるところへ移動した。

それからまもなく、太陽がひょっこり顔を出した。やっぱり私の弱点は太陽なんだなってその時思った。普段は憎い太陽が今は妙に愛おしく感じた。



「ふん。結局元気を取り戻してるじゃん。なんだよ、さっきはあんなに死にそうな感じだったのに。惜しいことしたかな。ちぇっ。」

今にも取り壊されそうなマンションに巣食う化け物は窓の外を眺めながらそう呟いた。つまらないと思って逃したおもちゃは仲間たちと会うなり元気を取り戻した。まぁ、わかっていたことではあったけれど。なんて考えながら私は彼らが食べた後の食器を片付けた。

次に来る、獲物のためにも準備は必要だからね。ある程度洗い終え、散らかった部屋を片そうとすると床に棒状のものか1本落ちていた。

「あれ……これって。」

そう、自分が千切った永牙の右腕だ。そういえば彼女を虐めるのに夢中になって飛ばした腕の存在をすっかり忘れていた。私はそれをおもむろに掴むと、


ビクンッ!


と動き出した。どうやら体と離れても生きているらしい。絶えずビクンビクンと動き続ける腕を、私は愛おしいと思った。こんなに不思議な現象が、今目の前で起こっている事実。そしてこの愛らしい動きを続けるすき通るほど美しい腕。ずっと見ていても飽きなかった。さらに千切った肉の断面図からは自分が最も好きな匂いがふぅんと漂う。

私はこの腕をちょっとだけしゃぶると自分のお宝が眠る場所に置いた。

「うん、似合ってる。いやぁ、またお宝が増えたね。よかったよかった。」

彼女はにっこり笑ってお宝が詰まっている戸棚の戸を閉じた。戸が完全に閉じる一瞬、ほんのわずかな光が戸棚の中に差し込んだ。するとその小さな光をわずかに反射してルビーのように紅く輝く、『眼球』が彼女の方をギロリと見た。


そしてパタンと戸が閉じる。


「ん? とうやらまた新しい獲物が来たかな……? ひぃ、ふぅ、みぃ……ふふっ。」



それとほぼ同時刻、UMAたちはマンションを離れ少し人通りの少ないところを歩いていた。

「ねぇドラキュラ。その腕、もう直せないの?」

「そうだねぇ……まさか私も腕が千切られるとは思ってもみなかったから。ゾンビはいいよね、くっつけるだけでいいんだから。」

彼女がそうつぶやくと、持っている大きめの袋の中から怒り口調の声が聞こえてきた。

「いいもんか! こちとら裁縫道具がないからバラバラのまんまなんだぞ! 元に戻せないこのもどかしさ! あなたにはわからんでしょうねぇ!!!」

「あー、ごめん。そういや裁縫道具はあのマンションの中だっけ。流石に取りに行く気にはならないなぁ。」

「くそったれー!」

大きめの袋の中には体がバラバラになったゾンビの姿があった。彼女が常に装備している裁縫道具は化け物の手によって服ごと取られてしまったからだ。一応丸裸だが彼女が寒さを感じることはない。ただ、今はちょうど顔の位置に自分の足の裏が当たっているのでどうしても気分が悪かったのだ。

「くっそ、ドラキュラも私も体に不自由してるのか。まぁしょうがないか……」

「まぁ、私の腕なんてすぐに再生するけどねー。」

「へっ……?」

言うと同時にドラキュラは立ち止まると、肩にググっと力を込めた。するとその断面がグニグニと動いて、

「ぶるぁ!!」


ズッ!!


彼女の新しい右手が生えた。その手からは生々しく体液が垂れていたが、手の形は元と同じだった。

彼女はその腕を軽く動かして問題ないことを確認する。

「どう?」

「……さっきもう元に戻せないって……」

「嘘に決まってんじゃん。」

ドラキュラが笑いながら答えるとゾンビは袋の中でワナワナと震えだした。

そして自分の口にたくさん空気を吸い込んで、


「チクショおおおおおおおああああ!!!!!!!」


と叫んだ。

そんなこんなで彼らは一度森の方へ向かっていた。ネッシーがこれから住もうと思っている森である。だが彼らの頭の中は先程の化け物への恐怖で一時的に麻痺してしまい、帰る道を忘れてしまったのだ。

「えーっと、たしかこの道を通って……」

「えっ、こんな道通ったかなぁ?」

「いやぁ、どうだろう。一度引き返してみたら?」

そんなことを言いながら彼らはグルグルと同じところを回っていた。いつのまにか日はもう地平線の向こうに沈みかけていた。

「どうするの!? もう日が沈むよ!」

「わかってるよ! でもここはどこ!?」

彼らは完全に道に迷っていた。先程まで歩いていた道はもうずっとずーっと遠いところにあることさえ気づかないくらい。膨れた腹も中身をとっくに消化し、またしても空っぽになってしまった。グゥグゥと唸る腹を必死に抑えながら来たことない道を歩いた。

そんな中、しばらく歩いていると左手の方向に豪邸としか言いようがない建物が見えてきた。

「すごいなぁ……一度こんな豪邸に住んでみたいよ。」

その豪邸は落日に照らされ白い壁が美しいオレンジに光っていた。だけどそんな家を見れば見る程自分たちの腹は食い物を寄越せと唸った。

でも目はどうしても釘付けになってしまう。彼らはその家の門に手をかけただ広い庭を眺めていた。

すると後ろから、


「あ……あの、どうか致しましたか?」

と女性の声が聞こえてきた。彼らは即座に反応して後ろを振り返る。するとそこには緑色の髪にエメラルドのような目をした女性が立っていた。しかし彼らはついさっきまでとある化け物のマンションにいたのだ。もちろんこの女性だってそうかもしれない。

「え、えーっと、うちに何か御用ですか?」

彼女は優しい口調で話しかけてきたが、彼らは警戒心を極限まで高めて言葉を選んだ。

「あっ、いや、別に。お邪魔しま……」


グゥ〜……


「……。」

「……。」

ネッシーがそそくさにその場を離れようとすると、それはダメだと言うように腹の虫が鳴きだした。その音は辺り一面に響き渡った。しばらく両者の間に沈黙が訪れたが、その静寂は女性の方から破った。

「あの……何か食べて行きます? 簡単なものでよろしければ、お出ししますよ?」

「えっ、でもそういうわけには……」

彼女は相変わらず優しい口調だったが、彼らには最悪の前例があった。それもついさっきの出来事。彼らにはどうしても彼女が信じられずにいた。

そんな自分たちの態度に困惑する彼女の後ろからヒョコッと同じ顔が飛び出した。

「まー、まー、食べて行きなよ。そんな腹の音聞かされたらこっちも入れないわけにはいかないからさ。」

「ちょっ、ヘルル!?」

「お姉ちゃんはいつも硬いんだよー。もっとこう柔らかく行こーぜ。」

突然女性が2人に増え、彼らの頭は硬直してしまった。

「はじめまして。私の名前は、『フィレンツェ=エクス=ヴァーゴ=ヘルル』と申します。以後、お見知り置きを。」

そんな彼らを置き去りにするよう彼女はスカートを持ちながら深々と頭を下げた。それに続けて姉の方も慌てて頭を下げる。

「申し遅れました。私はヘルルの姉、『ヴェリューカ=イェア=ヴァーゴ=グッチ』と申します。以後、お見知り置きを。」

「えっ、ああ、どうも。こちらこそ。」

彼女たちの礼儀正しい作法に私たちのペースは完全に崩れてしまった。そのまま彼らは言われるがまま豪邸の中に案内された。

次回、どんな感じにしようか未定。

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