都会のパツキンにご用心。
いろんなキャラを考えるのがマイブームだったりする。
数分後、ツチノコはひどくがっかりした様子で帰ってきた。
「……」
「ダメ……だったんだね。しょうがないね。」
彼女は落ち込んだまま黙って頷き、行こうと言うように先を歩いた。今の彼女にどんな言葉をかければよいのか私たちにはわからなかった。今はただ、彼女をそっとしておこうと私たちは目で会話して決めた。
「ハァ……」
わざとなのかガチなのか、彼女の口からは絶えず大きなため息が漏れた。気がつけば私の新しい住まいにしようと決めていた湖まで戻ってきていた。彼女はそのほとりにそっとかがむと、浮かない表情でじっと湖を眺めていた。
「ねぇ……大丈夫?」
「……ほっといて。」
「……うん。」
もはや彼女にはどんな言葉も通じなさそうだった。自分の虚しい思いを湖の波に乗せてどこかに流しているかのように。
「と……とりあえずなんか食べよう!? ねっ!?」
「食欲ない……」
「あー……そう。」
ドラキュラが機嫌を直そうと慌てて声をかける。だがそれでも彼女は動かなかった。ドラキュラはフゥと一息つくとゆっくり後ろに下がった。あと一歩で危うく湖に反射した光と天から降り注ぐ日光に挟まれ消滅するところだったからだ。危ないところだった。
ギュルルル〜……
「そういえば……お腹空いたね。」
「うん、思えば昼から何にも食べてないからね。」
お腹をさすりながらなんとか話をつなぐモスマンとネッシー。たしかに思い返せば自分たちは家が焼けてしまったから何も食べてない。
「どうする?」
「とりあえず何か食えるものを探しに行こうぜ。この場にいてもどうにもならんしな。」
私たちは重い足をなんとか動かして森の出口を目指した。ただ1番動かすのに苦労したのはその場にじっとかがんで動こうとしないツチノコだったことは内緒だ。
しばらくの間森の道なき道に迷いつつもやっとの思いで外に出れた。
「やっと出れたね〜。」
「もう疲れた……」
森の外は町が広がっていたがそれほど都会という感じでもなかった。高いビルや建物があまりなく空が広く見えるせいかもしれないが。
私たちはその町の無料で食べられる飲食店を探し歩いた。そんな都合のいい店なんて滅多にないと思うが、無一文だから仕方がない。だが、一度も来たことない町でそんな店を探すなど無謀の一言に尽きる。結局彼らは町中で腹をさらに空かせる結果となってしまった。
「ああ〜、もうお腹が空いて動けないよぅ。」
「……そうだね。」
さっきまでテンションが下がりに下がっていたツチノコも空腹ゆえか口数がまあまあ多くなった。けどやはり失恋の傷は癒えていないようで、目に光は宿っていなかった。天候はだんだんどんよりと曇ってきたのでなんとかドラキュラも道の中で歩くことができた。そんな中1番元気なのはゾンビだった。もともと死んでいる彼女は基本食事を必要としないので、特に空腹も感じているようには見えずに先を歩いていた。
「いいなぁ……ゾンビは……」
モスマンがちらっと呟いたとほぼ同タイミングでゾンビが閃いたように彼らの方を振り向いて言った。
「ねぇ? このままあてもなく歩くより、誰かに聞いた方がいいんじゃない?」
「でも今の私たちに都合いい店なんてある?」
「そっか……」
「とりあえずどっかで休もうぜ。もうほんっと疲れた。」
千鳥足のモスマンは先導するゾンビから離れるように視界に入った公園へ向かった。
すると公園に吸い込まれていった彼は、そこで目を奪われるほどのものを見た。
「えっ……」
それはベンチに横たわる金髪ロングの女性だった。遅れて他のUMAたちも彼に追いつくと、皆その女性に視線は吸い寄せられた。
きらめくほどの金色の髪、それに負けないほどの白い肌、妙な色気を感じる体つき、それは一瞬人形かと疑ってしまうほど美しい女性だった。そう思う彼らがやっと彼女を人間だと気づいたのは、寝息によって小さく上下する肩を見てからだった。
しばらくその女性に釘付けになっていると、彼女はパチリと目を開けてこちらを虚ろな目で見つめた。
「ん……んん? んー!」
硬いベンチの上で寝ていた彼女は軽く体を伸ばすと大きなあくびを1つして目をこすった。そしてもう1つの大きなあくびをすると目からこぼれる涙を拭き取りながら焦げ茶色の目をこちらに向けた。
「ふぁぁ……ん? ……どちら様で?」
「えっ……ああ、いや、その、別に。」
「そうですか……ふぁ……眠い。」
彼女は眠りたがっている体をゆっくりと動かしベンチから降りた。すると彼女の髪はフサッと地球の重力によって下に垂れた。そんな当たり前の動きに彼らの目は大きく見開いた。
その理由彼女の金色の髪にあった。
なんと彼女の髪は足のくるぶしまで伸びていた。彼女の身長はだいたい160cm後半のようだから少なくとも150cm以上はある。その驚くべき長さに一同は言葉を失った。
「それじゃ、わたひはこれで……」
「あっ、ちょっ、ちょっと!」
「んん?」
眠たそうな表情のまま立ち去ろうとする彼女の足をゾンビが止めた。彼女はキョトンと立ち止まりゾンビの方を振り向いた。
「あの……この辺に何か無料で食べられるものってありませんか? 私たち、もうお腹が減って死にそうなぐらいで……」
いや、お前はすでに死んでいるだろう。とその場にい合わせたUMAは全員同じことを思った。
そんなツッコミを心の中でしているのを全く気にも止めずゾンビは彼女と会話を続けた。
「この辺に……そんなのはないですよ。でも……どうせ家には私しかいないし、よかったら何か出しますよ。」
「本当ですか!? ありがとうこざいます!」
「別に大したものはないですけど、それでもよろしければ。」
「はい! ぜひ! そういえばまだ名前聞いてませんでしたね。なんて言うんですか? 私は『永郷 ふじ子』っていいます。」
「柊……『暁 柊』と申します。」
彼女たちはトントン拍子で話を進めていく。だから他のUMAたちは完全に置いてきぼりだ。彼らはそんな明るすぎる彼女に呆れていながらも、もう反論や抵抗する気にもなれなかったのでなるようになってしまえと色々吹っ切れてしまった。
「みんな! この人が何か食べさせてくれるって!」
「いえ……別にそんな……あまり豪華なものは出せませんよ?」
もはや彼女が気を使わせすぎて、女性が軽く引いている。だがそのことにツッコむ気力もないので彼らは言われるがまま彼女たちの後ろに黙ってついていった。
数分ぐらい歩いていると、だんだん道が細くなり人通りもなくなったという方が早いほどまで減った。通る道は昼間のくせにいやに暗い。そのせいでさっきから背中の震えが妙に止まらないのだ。気温はそこまで高くはないが彼らはぴったりと寄り添って彼女の後ろをついていった。
「ここが、私の家です。すみません、こんなボロマンションで。」
「うわぁ……大きい。」
暗く辛気臭い道が急に開けたかと思えば目の前には大きなマンションが建ち構えていた。そのマンションからは人の気配は感じられず、まるで幽霊屋敷みたいな雰囲気を醸し出していた。
「どうぞ……」
彼女は門を軋ませながら開けると私たちを中に出迎えた。
「今の住人は私だけです……でも寝るときとか、特に食べるときくらいにしか来ないので……実際は廃墟みたいなもんです。」
「そう……なんですか。」
彼女と喋れるのは今はもうゾンビしかいなかった。それほどまでに私たちの体力は消耗しきっていた。
「でも……こんなマンションがよく取り壊されませんね。」
ふと彼女はちらっと疑問に思ったことを呟いた。
すると金色をした髪の女性はボゥッと、
「私が……いるから。」
と答えた。その声はさっきまで聞いていた明るそうな声とはまた違って聞こえた。でもそれはきっと気のせいだと思い、彼らは案内されるがまま部屋の中へと入っていった。
「他の部屋も……自由に使っていいですよ。どうせ誰も来ないから。」
「いやお構いなく。」
「そ、そうですか。あ、すぐに作りますね。あり合わせのものになってしまいますけど。」
部屋の中は壁が所々剥がれ落ちているけれど、妙に綺麗に片付けられていた。まるで私たちがあらかじめここに来ることを歓迎しているかのように。そんな疑問を抱えながら私たちは小さなテーブルに座った。テーブルの中にはクッションがいくつかあり、彼女がここに1人で暮らすには変な気がしてきた。でもテーブルに座ってしまった以上、そんなことを思っても動く気にはなれない。とにかく今は腹の中に何かが食べ物が入ればそれでよかった。
だが、そう思っていないのが約1名いた。
そう、すでに死んでいるので空腹なんてものは一切知らない奴。ゾンビだ。
彼女は家の中をキョロキョロと眺めていると、ふとあるものが目の中に止まった。
「これ……なんですか? なんか薬瓶みたいなのがたくさんありますけど……」
視界の先にあったのは少し大きな棚だった。そこにはラベルが貼られていた薬の瓶がたくさん置いてあった。だが彼女が尋ねても女性は何も答えなかった。
「あの?」
「……はい?」
もう一度尋ねると彼女は手を止めてこちらを見た。私はちょっとだけ安心すると棚を指差して尋ねた。
「これなんですか? 薬みたいなのがたくさんありますけど……」
すると彼女は一瞬目を大きく見開いたがすぐに元の表情に戻り、
「あ、ああ、それはよく使う栄養剤みたいなもんです。できれば、あんまり家のものはいじらないでください。家具の配置とか変わっちゃうと、ちょっと嫌なので。」
「えっ、あっ、すみません。」
「ごめんなさいね、あと少しでできますから。」
私は彼女に謝ると仲間たちのいるテーブルへ戻った。仲間たちの間には一切の会話がなく、みんな私と同じ死人のようだった。
「おまたせしました。手軽なメニューですけど。」
すると彼女は簡単な野菜スープとご飯を持ってきてくれた。その匂いは死んでいた彼らを大復活させてすぐに用意されていた箸が飛び交った。
「お口に合うかどうかはわかりませんけど……」
「いや! もう! 最高!」
「はぁ〜、生き返る! 生きててよかった!」
彼らは感涙をこぼしながら出された食べ物を次々に口の中に放り込んだ。
量はさほど多くはなかったのですぐに空になってしまったが、彼らはそれで大満足だった。
すると眠くなったのか、彼らはテーブルの上に腕を枕にすると寝息を立てて寝てしまった。
「よっぽど……美味しかったんでしょうね。」
「本当にありがとうございます。お陰で友達が死なずに済みました。」
「いえ……そんな、私は大したことなんて。それで、あなたは食べなくてよろしかったのですか?」
「えっ、いや、私はあんまりお腹は空いてませんからね。ああ、そうだお礼をしなきゃですね。後片付けは任せてください。」
「いや……そんな。そこまでしなくても大丈夫ですよ。だって……」
「?」
彼女は照れるように頭を下げると何かブツブツと呟いた。その小さな声は到底私の耳に届くはずもなく、私はそっと耳を彼女に近づけた。
「後にはなんにも残らないんですから。」
「えっ……」
彼女はにっこりと笑い、おもむろに立ち上がった。
そして私を上から見下すと、金色の髪を指でねじねじと巻いた。
「アハ……アハハ……アッハッハッハッハッ!!! おっかしい!! まさかこんなにあっさり引っかかってくれるなんて!!!」
「ちょ、ちょっと!? 柊さん!?」
とつぜん彼女は高笑いしだし、小さいと思っていた口をカッと開いた。
「柊……暁 柊、そういえば私はそんな名前だったなぁ!? ハハッ、懐かしい名前だ。」
「ど、どうしたんですか?」
彼女のあまりの豹変ぶりに私は完全に言葉を失ってしまった。蛇に睨まれたカエルとはこんなことを言うのだろうか、と思っていると彼女はさらに続けた。
「あ? お前、まだ自分の現状に気づいてないのか? はん! なかなかおめでたい奴だ。これだから間抜けは食いやすくて困っちまうぜ! ヒャァァハッハッハッ!!!」
「いったい……何を言ってるんですか?」
先ほどまでの大人しそうな美しい顔をした女性はもうこの場にはいなかった。
今、ここにいるのは狂いに狂った1人の人間とそれに睨まれるゾンビだった。
「お前たちは最初から私の腹の中で寝言言ってるようなもんさ! いやぁ、にしてもあの男には感謝しないとな。まさかあんな罠にあっさりとかかってくれるなんてな。なぁお前、あの世に行ったらそいつにちゃんと伝えといてくれよ、美味しい肉をたくさんありがとうってな!! ハーハッハッハッ!!!」
「に……く? 罠……?」
私の思考は止まってしまい、彼女の言葉は耳の中をすり抜けるだけだった。
ただ、そんな脳が、腐っている脳が唯一私に教えてくれたのは、怒りだった。
「ふざけるな! この野郎!」
私の腐った手は考えるより先に動くと、拳となって彼女の顔へまっすぐ伸びていった。
だが私の拳はなぜかピクリとも動かなかった。いや、拳どころじゃない。体そのものが動かなかった。
「な……んで?」
「なぁ、 お前バカ? なんでこれが見えないの?」
彼女がそう言うとと自分の腕が一瞬キラリと光ったような気がした。その光は徐々に強くなって、私の腕を完全に隠してしまった。
「こ……これは!?」
「へん、私の髪だよ。この金髪。私は幼い頃からこの力で嫌われてね、親にも、友達にも、社会にも捨てられたんだ!!! だから殺してやった、食ってやったよ。家族も、友達も、あんなクソどもを!!!!」
「くっ……何を言ってる?」
「私はなぁ……成績優秀スポーツ万能、誰にも引けを取らない小学生だった。だが、私はある日、1人の男に出会いそしてこの力を与えられた!! 後からわかったことだがこの力は人間の体にとんでもない化学反応を起こす!! お陰で今の私はこんな忌々しい化け物だッ!!! 信じられるか!? たった1人の人間に! たった少量の薬を入れられただけで!! こんな化け物になっちまう!!! へっ、笑うなら笑えよ。あとお礼ならお前たちの肉をもらうぜ。もうわかってることだし逃れることなんてできないと思うがな。」
私は彼女の荒い言葉をただただ聞いていた。それはもう暴論そのものだった。いわば彼女がこれからすることは私たちにとってただの八つ当たり。そんなことがあっていいのだろうか。いや、ない。
こいつは果てしない邪悪だ。歪みに歪んだ言葉通りの化け物だ。
そんな彼女の怒りは髪に注がれ、ゾンビの身体中を締め上げていった。
ギリ……ギチギチ……
「どうだい? そろそろ苦しいんじゃないの?」
「いや、こんなの全然苦しくなんてないね。」
「あっそ! だったら!」
ギュッ……ギュゥゥウウ……
「グゥッ。」
「アハハッ、腕がちぎれちゃうね!? ほらほら、痛いって言ってみなよ? 許してって言ってみなよ? どーせ離さないけどねー! アッハッハッハッハッ!」
彼女の髪は私の右腕を引っ張って今にも引きちぎろうとしていた。ふと見ればさっきの戸棚が目の中に入る。その中には薬瓶がずらっと並んでいて、奥にもたくさんあった。そのラベルには、
『強力睡眠剤』
とあった。ということは仲間たちはこれで眠らされたのか。くそったれー!!
「ほらほら、もうちぎれちゃうね!? ちぎるよ? ちぎるよ? ちぎるよぉぉぉ!?」
ブチッ!
「……!」
「アッハッハッハッ……ハ? ってあれ? 体から血が出てないね? ふふっ、変なの。」
すでに死んでいる体からは血なんてそんな豪華なものは出ない。それに痛みなんてものもない。だけどこのまま体をバラバラにされるのはごめんだ。とにかくこの巻きついてる髪をなんとかしなければ。今この時、仲間を守れるのは私しかいないのだから。
「はははっ、どれだけちぎれば血が出るか楽しみだね。ふーじー子ちゃん。」
ブチッ! ギチュ! グチャッ! ベチョッ! ボトン!
ちなみにこの暁 柊ってキャラ。結構作者のお気に入りだったりする。変態ですね。




