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やっと本編始まるよ  作者: ゆっくりガオウ
13/31

怪物が化け物になる話

この話を読む前に『名もなき怪物』を読んでおくと分かりやすいかな。短編のやつです。宣伝乙。

「……ってことがあってね、まぁ逃げ出して来たわけですわ。」

「そうですか……ななしさんっていじめられてたんですね。知らなかったです。ニュースだとそんなことは言ってなかったので……」

「そうだよねぇ。人間ってのははっきりしたものを求めたがるからねぇ。とりあえずイジメがあったのは置いといて僕を悪人として見させてるからなぁ。」

私はななしさんの話をじっと聞いていた。両親が不慮の事故で亡くなったこと、病気持ちのおばさんと一緒に暮らしていたこと、怒れない性格故にイジメられていたこと、そしてその人達を虐殺したこと。イジメられても殺すのはダメだと世間は言うけれど、彼らはななしさんに殺す以上のことをしていたと思う。殺して当然とは言い切れないけれど、私はななしさんが100パーセント悪いとは思えなかった。

「それでね、その後は……」

彼がまた口を開く。私は彼の話を聞き漏らさないよう五感すべてを尖らせた。




どのくらい走っただろうか。

後ろからサイレンの音が迫ってくるのが怖くて無我夢中で逃げて来た。気がつけばもう耳にその音は聞こえなくて、目には見たこともない景色が広がっていた。僕は足を止めて辺りを見回す。太陽は雲に見え隠れながらも輝いていた。

僕はそっとズボンに手を入れる。中には何もない。

しまったと僕は思った。財布を家に忘れて来た。それだけじゃない。食べ物もない。水もない。僕は文字通り無一文になった。

「どうしよう……」

考えてもいい案は出て来ない。どうすればいいのか分からないのでとりあえず歩いてみる。なぜか自分の行く道は人が少なくて歩きやすかった。でもその理由はすぐに分かった。

店のショーケースに映った自分はもはや過去の自分で無くなっていた。


髪は所々白く染まりむしろ黒の髪の方が少なくなっていた。それに服や顔全体に返り血を浴びている。そうだ、自分は焦ってそのまま飛び出して来てしまったのだ。とりあえずどこかで洗わなくては。彼はどこか水が大量にあるところを探しに出かけた。しかしここは都会に近いところ。川の水は汚れとても体を洗う気にはなれなかった。なので彼は近くの公園の水道で洗うことにした。

「ふう……とりあえず水は確保出来たっと……それと何か他に欲しいな。」

しかし子供達が遊ぶ公園に血まみれで白髪だらけの男が入ってきたらそれは問題になるだろう。近くにいた子供達は怯え、その親は携帯電話を取り出した。

結局、ろくに体も洗えずに警察のサイレンが聞こえたので彼はまた遠くへ逃げざるを得なかった。

「なんでだよっ……なんでみんな僕ばっかり!」

僕は逃げた。どこか安全な場所へ、最低限の生活が出来る場所へ。とにかくそこを目指して走っても一向にたどり着くことは出来なかった。ここら一帯の地理を知らないということが大きな原因だった。夜になって辺りを闇が包んでも彼は止まらなかった。

必ずある、自分が安らげる場所がきっとある。それだけが彼を支えて歩き続けさせた。



何キロくらい歩いただろうか。辺りはもう真っ暗で電灯だけがぼんやりと光っていた。その中をスタスタと歩く1つの影。


グゥ〜

「お腹……空いた。」

その音が体内に響きわたり、自分のお腹を撫でずにはいられなかった。思えば昼から何も食べていない。今日の給食はあいつらにわざと少なくよそられたんだっけ。僕は鳴り止まない腹の虫を必死に抑えながらおぼつかない足取りで歩いた。


ふと視界に明るい光が飛び込んできた。

その光の方を見るとそこは洋菓子屋だった。何か祝い事があるとたまに出てくるケーキ、おばさんが遠くに働きに行った時にお土産として持って帰って来てくれたカスタード、給食の時間にごくたまに出てきて一口食べられればいい方だったプリン、どれもこれもキラキラと輝いて僕の目を釘付けにした。


でも僕には買うお金がない。どれでもいいから喰わせろと泣き喚く腹の虫を強引に抑え、僕はその場を離れた。都会の空気は冷たくて僕の肌ををピリピリと貫く。ハァと吐き出した息はすぐに白くなって空気中に散った。

「寒いよぅ……」

だんだんと夜は冷え込んでくる。彼の体を突き刺して体力をじわじわと奪い動きを鈍くしていく。とにかく暖をとらなければ死にはしなくても命にかかわる。

もういっそのこと警察に自首してしまおうか。そうすれば最低限の生活は出来るだろう。食べ物もきっと満足出来るほどではないにしろ腹を満たすくらいの量はあるはず。そう考えると僕の足は自然と活力を取り戻した。

そしてあっさり交番は見つかった。電気もついている。人もいる。僕は嬉しさのあまり飛び跳ねそうになった。

このまま警察に自首しよう。罪を償って新しい人生を歩んでいこう。

そう決めた。すると足は自然と交番に向かって行った。



けど、あと数十メートルというところで何かが僕の足を引き止めた。まるで見えないロープが僕の足に、いや体全体に巻き付いていた。僕はそっと交番から離れた。不思議なことに行くのは出来なかったのに下がるのはすんなりと出来た。

そして交番が見えなくなった時、1つの考えが頭をよぎった。


もしもこのまま僕が警察に自首したら、誰が僕を守ってくれるの? 1人と大多数、勝てるのはどっち? どうせみんなは自分たちに都合の良いことしか言わない。そんな嘘ばかりを真実だと思われたら僕はどうなるの? 一生牢屋から出られない? そんなのいやだッ!



僕は……生きたいッ! 生きて幸せになりたいッ!


すると今度は交番から離れるために足が動いた。気がつけばまた走っていてハァハァと口から漏れる荒い息だけが聞こえた。



僕は何も出来ないでいた。自分の暮らす場所はビルとビルの隙間に貯められたゴミ捨て場だった。服はもう何日も着替えてないがあの時の血だけは未だにこびりついていた。顔や手についた血はとっくに剥がれ落ちたというのに。毎週水曜日と土曜日の朝、捨てられた生ごみを漁って食料を確保する日々。それ以外の日はずっとゴミ袋の奥の奥に潜り込んでいた。

そういえば住めば都という言葉があるが、あんなのいったい誰が考えたんだ? こんなところなんてちっとも都じゃない。こっちは毎日生きるのに必死なのに目に映る人々はまるで時間を無駄に過ごしているような気がする。なんというか生命の危機感がひどく薄い。こっちはいつ死ぬかも分からないのに、向こうはまるで自分は死なないとでも思っているのだろうか。そう考えると変に腹が立ってくる。けど、そんなことに対して怒る気力も方法も無かった。そういえば僕って怒れなかったっけ。どうやって怒っていいのかさえも分からないのに、むかっ腹だけが立つなんて。そう考えると変におかしくってついつい笑ってしまった。けどその後には虚しさだけが残って心のヒビをさらに裂いた。


いつの日か、自分が追い求めていた安らげる場所も夢のまた夢だということを悟った。



彼が殺人を犯してから2ヶ月ほど経った。警察は未だに犯人を見つけられず動員数も減らしていた頃、彼は今日もゴミ袋の奥で寝そべっていた。とりあえず昼はゴミの中から食べられそうなものを漁りそれを食べる日を決める。そしてその日のうちに食べないものは自分だけが決めた隠し場という名のゴミバケツの中に入れる。水はビルから流れ出す排水をそのまま飲んだ。汚いなどと思っていては生きていけない。以前と比べたら腹の虫の声はだいぶ大人しくなったし、多少なら1日何も飲まず食わずでも平気だった。

とにかく生きていたい。まだ死にたくない。彼の生への欲求は日に日に増していって、ネコやネズミ、時には犬すら食った。


全ては生きるために。


そのうち、世間の間ではこんな噂が立つようになった。

『とあるビルとビルの隙間には怪物が潜んでいて、近づいたものを食べてしまうんだ。そいつは普段、ネコやネズミとかを何匹も食っていてすごく凶暴なやつなんだ。興味があるなら行ってみれば。』

そのおかげでとうとう彼の暮らしは前よりも辛い生活をせざるをえなくなった。毎日誰かが来る、騒ぎ立てる。ひどい時は食事さえも持っていく。僕はいよいよ追い詰められた。噂のせいでそこのゴミが撤去され始めたのだ。少なく見積もっても半日でここのゴミは全て持っていかれてしまう。そうなる前になんとしてでも別の場所を確保しなければと思うが早いか、彼はその日の夜にありったけの食料を口の中に詰めると、それを噛まずに飲み込んだ。

「うっぷ……オェ……」

世の中には食べ合わせというものがある。食品の成分によって体に良い影響を出すものもあれば悪影響のものもある。それに彼が食べたのはカビたり、腐っていたり、虫が入っていたりととにかく最悪なものばかりだった。でも背に腹は変えられない、彼はそれらを全部食べきるとあらかじめ決めていた逃げ道を使って逃げた。


次の寝床はどこにしようか、あそこのゴミ捨て場でさえ巡り会えたのは奇跡といっても等しいくらいなのに、いったいどうしてあれ以上の場所を見つけることが出来るだろう。

そんな最大のショックと最悪の腹持ちをなんとか我慢しつつ商店街の裏にたどり着く。そして壁にもたれかかるとそのままズルズルと座り込み、冷たいコンクリートの上でそっと目を閉じた。


そして日が昇る。決まった時間に目が覚める体質の自分は体をガタガタと震わせていた。体はまるで動かなくなったあいつらのように冷たくなっていて指先を動かすことすら出来なくなっていた。そして猛烈な腹下しと夜中の冷えで、腹の調子は最悪と呼ぶに等しかった。

「……! ……!!」

声を出そうと思っても喉が渇き冷え切っているせいで全然出ない。それにあまりの激痛にそのまま腹を抱えてその場にうずくまった。

「痛い……ょぅ……」

自分でもよく聞き取れないほどのか細い声だった。その声を聞き終えると同時に猛烈な吐き気と腹痛が襲った。

「ヴェエッ!」


ブチュッ!


ゴポ……


「……。」

彼はその場にうずくまった体制で嘔吐と脱糞をしてしまった。口を開けたまま倒れ込んでいると、ツンと胃酸のにおいが鼻をついてさらに吐き気をもよおした。

結局、その場に3回ほど嘔吐と脱糞を繰り返した。


日も当たらない商店街の裏、凍える体を自分が出したものにそっと手を入れることで温めていた。こうすることでしか生きていけない自分はとっても惨めだった。さらにそのことで涙を流すことさえも出来ない。

自分が情けなかった。どうしてこうなってしまったんだろう。こんなはずじゃなかったのに。自分はもっと幸せになれると思っていたのに。



どうして?



その問いに答えるものはもういない。彼の目はとうに光を失って生きる希望を感じさせなかった。

その分、彼の中に憎悪が生まれた。自分がこんなに苦しんでいるのに、こんなに自分は必死なのに、それなのにのうのうと生きている奴らが許せなかった。



例えば、そう、今、自分の目の前にいる男。黒いコートを羽織ってくるぶしまで伸びたジーンズを履いている。そしてそのポケットから膨れた財布を取り出した。僕の前でそんなことをするなんて。自分は幸福だからって他者に気を使うことすら出来ないのか。


人間のくせに、僕より幸福になりやがって。


彼の歯はギシギシと音を立て、目は憎悪で黒く染まりこれでもかというほど見開いていた。そして腕は血が出るほど握りしめた拳が小刻みに震えていた。


彼はその男に向かって飛びかかった。


自分が持てる全ての殺意とこの世の憎悪を込めて。



ドガァッ!



「ウグッ!」


気がつけば僕の体は地面の上に横たわっていた。殴られただろうと思う顔がひりひりと痛む。

「人の買い物は邪魔するものじゃねぇぜ。」

硬い地面にぴったりと張り付いた耳は自分に向かって来る足音を聞いていた。

「とは言ったものの……お前、相当なわけありだな。そのにおい、俺の鼻は人一倍効くんだ。ちょっと来い。」

男はそう言って僕の体を持ち上げるとそのまま商店街を通り過ぎて人の少ない裏地へと足を運んだ。


ドサッ


「グゥ……」

「まず、お前誰? 色々教えてもらわなきゃ困るんだけど。」

「ウグゥウウウ……」

「そう敵対するな。少なくとも俺からは何もしねぇよ。時と場合によるが……」

僕の心は憎しみで埋め尽くされていた。目の前のこいつをなんとしても殺したい。自分より幸福なやつを許したくない。そんな考えだけが頭を支配していた。

「しゃあねぇなぁ、ほれっ、食いな。」

そう言って男は何か赤いものを手渡した。見覚えのある赤だった。


「俺の名前は王正希。知る必要はないけど、知っといた方がいいだろ?」

「あ……うぁぁぁ……」

「食いな。りんご、嫌いじゃねえだろ?」

「ウワァァァアアアアアアアアアアアアッ!」

僕の目からは涙がボタリボタリと流れ落ちた。この感覚は、久しく忘れていた感覚。


僕は口を開けてりんごにガブリと噛み付いた。その味は今まで食べたどのりんごよりも美味しくて、果汁までしっかり飲んだ。硬い食感、シャクシャクと体全体に鳴り響く音色、絶妙な硬さの舌触り、甘すぎない果実、喉越しが気持ちいい果汁。なんて美味しいりんごなんだろうと、気がつけば芯まで食べ尽くしていた。


「それじゃ、俺はもう行くわ。せいぜい長生きしろよ。」

するとその男はスッと立ち上がり来た道を引き返そうとした。

「まっ! 待ってッ!」


ガッ


「ん?」

僕はその人の足に必死にしがみついた。そして溢れる涙を止められずに叫んだ。


「あなだは……がみざまでずか……?」


自分にここまでしてくれる存在、この救いの手を僕は絶対に離したくなかった。


「もじ……あなだが……がみざまだったらッ!」


なんでもいい、自分を救って欲しい。こんなに穢れた自分を、誰でもいいからそばにいて欲しい。

流れる鼻水と涙を飲み込んで僕は叫んだ。


「ぼぐをッ! だずげでぐだざいッ! ごんなぢからをもっだぼぐをッ! あいざれながったぼぐをッ! ずぐっでぐだざいッ! お願いでず! お願いでずッ!

ぞじでッ!

僕に力をぐだざいッ! 僕が僕を守れるようッ! 僕が僕の笑顔を守れるだげのッ! ぢからをッ! ぐだざいッ!」

地に頭を擦り付けて叫んだ。僕自身の願いを。強くなりたいという願いを。

気がつけば僕の腰の下からは尻尾が生えていた。


「……。」


彼は何も答えなかった。やはりこんな僕を助けてはくれないのだろうか。僕はその場に顔を伏せた。


すると頭の上から声がした。僕はその声の方向をハッと見上げた。



「そっか……だったらついて来な。こんなんでも一応神だし。」


彼は笑ってそう言った。




「この世界はお前が生きるのには小さすぎる。」


僕は差し伸べられた手をしっかりと掴んだ。


手にした光を絶対に離さないために。

次もこのペースで投稿していきたいな。

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