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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
2章
8/60

8話目:知られる気持ち

 休憩後、訓練を再開した隊士達を興味深そうにノエルが見学する。時折何か呟いては、楽しそうに笑った。


「……楽しいですか?」

「うん。ラゼリアには騎士が数人いるだけだし、こういう訓練の様子は見た事がなかったから」


 つくづく変わった人だな、とラクチェアは思う。王族という高貴な身分でありながら、目線を平民と同じ高さに持ってくる。

 それが少しだけ、ラクチェアにはくすぐったく感じられた。


「ラクチェアの日常も見てみたかったし」

「え?」


 いたずらっぽく微笑むノエル。その頬は少し赤い。


「自分でも往生際が悪いとは思ってるんだけど。……やっぱり君の事好きだから、もっと知りたくなって」


 心臓が少しずつ鼓動の速度を上げていく。ノエルの視線から逃れるように、ラクチェアは体ごとそっぽを向いた。


「わ、私は……」

「……ねえ、もしも僕が……」


 その問いを最後まで聞いてはいけないような気がした。逃げなくてはいけないと必死に脳が命令しても、体は動いてくれない。

 ラクチェアがぎゅっと目をつむった瞬間、別の声が割って入った。


「副長、手合わせいいですか」


 いつの間にかそばに来ていた少年隊士が剣を鞘ごとラクチェアへ差し出した。


「あ、ああ、うん。いいよ」


 うっかり素で返事をしてしまったが、その事にもラクチェアは気付かない。先程の雰囲気の余韻を振り払うように頭を振り、剣を抜いた。

 ノエルから少し離れるように二人は歩いていく。去り際に向けられた少年の視線は、鋭く刔るような敵意に満ち溢れノエルを射抜いた。


「……?」


 初めて会う少年に敵意を向けられる心当たりもなく、ノエルは首を傾げた。


「始めるぞ」


 いつもの調子に戻ったラクチェアの声を合図に、二人の剣がぶつかり合う。少年は決して大きくはない体を活かすように素早く動き剣を振るった。

 前後左右から繰り出される刃を、ラクチェアは落ち着いた様子で受け止めていく。自分から攻めていかない所を見ると、少年の動きを分析しているのだろう。後で指摘する為に。


「わあ……」

「綺麗でしょう、副長の動き」


 感嘆の声を漏らしたノエルのすぐそばに、金髪の少年が立っていた。幅広の布で前髪を上げている様は、少女のようにも見えた。


「えーと……」

「トビアスです、ノエル王子。よろしく。で、今副長に手合わせしてもらってるのがカミル。……あいつってば副長大好きなもんだから、さっきも睨まれたでしょ」


 丁寧だか雑だかわからない言葉遣いをされても、彼の雰囲気のせいかあまり気にならない。人懐っこい笑顔にノエルは好印象を受けた。


「ああ、それで」

「副長は人気者なんですよ。なんかこう……姐御! って感じで」


 面倒見が良く、かといって無駄に甘やかさない。剣の腕も立つとなれば慕う者は多いだろう。

 納得して頷くノエルに、トビアスは無邪気な笑みを浮かべてこう続けた。


「でも副長は隊長の事好きみたいだったし、なかなか手を出せる隙がなかったっていうか」


 ピタリとノエルの動きが止まる。まるで時間が凍り付いたかのように微動だにしない。


「……え?」


 数十秒後にようやく絞り出した言葉はそれだけだった。


「まあだから今がチャンスとばかりに狙ってる奴も居るんじゃないですかね? あ、俺は違いますよ」


 トビアスの言葉はノエルの耳を右から左へと抜けていく。あの日泣いていたラクチェアの姿が脳裏を過ぎり、ハッとした。涙の理由が今ならわかる。

 手合わせを終え戻ってくるラクチェアの顔を見られずに、ノエルはそっと視線を足元に落とした。


*****


 見学の途中からノエルの様子がおかしい事にラクチェアは気付いていた。まず、目を合わせようとしない。話し掛けても会話が続かず、むしろ会話自体を避けているように感じられた。

 何か失礼な事をしたかと記憶を探るがさっぱりわからず、気まずい空気のままノエルを城に送り届け、そのまま別れた。

 隊舎に戻り真っ先に向かったのは金髪の少年の元。


「トビアス! ちょっと話があるんだけど……」


 倉庫で剣の手入れをしていたトビアスを連れ出し、人目につかないよう建物の裏へと回る。


「どうしたんですか副長」


 いきなり連れ出されたトビアスは恐る恐るラクチェアに尋ねた。


「……今日、私がカミルと手合わせしている時に王子と話してたわよね?」

「はあ……話してましたけど」

「その、えっと……何を喋っていたの? 王子が……なんだか私を避けているようなんだけど、変な事言った?」


 もじもじと指先を弄るラクチェアの瞳は不安に揺れていた。副長モードの際の毅然とした態度とは打って変わり、しおらしくしょげている。


「えー? えーと……あ、副長がモテるって話はしました」

「も……っ、なにそれ! 何でそんな話……」

「でー、それから……あ」


 突然青ざめたトビアスの変化に、ラクチェアの目が細められる。


「……なあに? その反応」

「いえ、なんでも……」


 そろりそろりと壁伝いに逃げようとするトビアスの首ねっこを掴む。目が笑っていない笑顔を近くまで寄せ、ラクチェアは囁いた。


「今言っちゃった方がマシかもしれないわよ? トビアス」


 有無を言わせないその威圧感に、トビアスは背中を丸める。


「……ふ、副長が……隊長の事好きだって、言いました」


 ビシリと何かにヒビが入ったような音がラクチェアの脳内でこだまする。

 呼吸まで止まった状態にトビアスが心配そうな視線で窺う。


「……まっ」

「ま?」

「待って! 待ってよ! わわわわ私が隊長の事……っ、え!? な、何で知って……」


 一気に赤くなった顔でうろたえるラクチェア。せわしく辺りを見回し、落ち着かない様子で頬に手を当てる。


「何でって……多分皆知ってますよ。結構前から」

「何でー!?」


 自分でさえ気付いたのは最近だというのに。視界が揺れて思わず壁に寄り掛かった。


(皆? 皆って皆? 嘘でしょ……そんな……。っていうか)

「それを何で王子に話したのかしらトビアス……」


 怯えて後ずさりをするトビアスの両肩を掴む。


「え……えっと……話の流れで」

「馬鹿ーっ!!」


 苦し紛れに笑ってみせたトビアスの頬をむぎゅっと摘んで外側に思い切り引っ張った。

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