4話目:気付いてしまった事
(そっか……隊長、姫の事が好きだったのか……)
長い廊下をとぼとぼと歩くラクチェア。女官に目一杯手入れしてもらった艶やかな髪も、弱々しく揺れる。
何かが物足りないような、そんな感覚。
(何でこんなに力が入らないんだろ……)
庭まで来ると、王子が気付いて歩み寄ってきた。その笑顔を見て、胸の奥がきゅうっと締め付けられる。痛みさえ感じた。
「姫?」
気付いた時には、視界がぐちゃぐちゃに歪んでいた。何かが頬を伝うくすぐったさに、自分が泣いているのだと悟る。
慌てて手の甲で拭おうとすると、王子がハンカチを握らせた。
「どうしたの? 大丈夫? ……泣かないで」
落ちた雫で気付かれたのか。心配そうな彼の声に、涙は更に溢れる。
(本当に、私どうしたの?)
エディルに憧れ、ただひたすらに走ってきた自分。彼に褒められれば嬉しくて、彼に叱られた日は膝をかかえて夜を過ごした。
恋仲? 駆け落ち? エディルはラクチェアではなく、セレネディア姫を選んだ。
(ああ、私は……)
心にぽっかり穴が空いたようだ。きっとその場所を占めていたのはエディルへの思い。
欠けてしまった恋心。
(好きだったのかあ)
ふいに、ラクチェアの体が王子の元へ引き寄せられる。服越しに伝わる体温と、背中に回された腕。抱きしめられている。
王子は何も言わなかった。何も聞かなかった。時折優しく髪を撫でて、頭をぽんぽんと叩く。
ラクチェアの指も王子の服の裾を握る。少しだけ体重を預け、瞼を閉じた。
(優しい。優しいですね、王子。ごめんなさい、嘘をついて)
しばらくその体勢のままで二人とも動かずにいたが、遠くで聞こえた女官達の声を合図にゆっくりと体を離す。
王子が首を傾け、心配そうにラクチェアの手をとる。
「大丈夫?」
こくりと頷くと、王子はホッとした顔になった。
「なら良かった」
本当はまだ胸が痛くて苦しかったし、気を抜けば涙が滲みそうだった。けれど心は落ち着いていて、頭の中もすっきりしている。
(失恋したのね、私)
自覚した時にはもう終わっていた恋。恋と呼ぶには淡く幼かったかもしれない。
「姫、今日は部屋で休んだ方が……」
王子にそう言われ、ラクチェアは首を横に振る。テーブルまで小走りで移動し、置いてあった紙とペンに手を伸ばす。
涼しげな風が、濡れた頬を撫でた。
『今日は薔薇園の奥の方まで行ってみませんか?薔薇以外の花もたくさんあるんです』
渡された紙を見て、王子は微笑む。
「うん。行きたい」
ベールの中で、ラクチェアも嬉しそうに微笑んだ。