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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
1章
2/60

2話目:可憐な王子様

「何をしているんですか。早く着替えてきてください」


 イライラした口調でフォルスが舌打ちをする。奥の部屋へと誘導するように手の平が肩に当てられた瞬間、ラクチェアは我に返った。


「無理っ! 無理ですー!」


 突然間近で叫ばれ、フォルスとメイダはびくりと体を震わせた。


「だっ、な、何考えてるんですか! こんなの無理に決まってます! 大体、私と姫は見た目が全然違うじゃないですか!」


 ドレスをフォルスへ突き返そうとするが、フォルスも受け取るまいとラクチェアに押し付け返す。


「そのためのベールです。言い訳は考えてありますから大丈夫」


「ててて、ていうか、お見合いってどなたとですか? 延期してもらえばいいじゃないですか」

「ラゼリア国の第二王子とです。我が国はぶっちゃけ弱小国ですからね、ラゼリアの後ろ盾が得られればだいぶ状況は違ってくるんですよ。こちらが受け身の状態の中、延期など出来ません」

「そんな重要なお見合いに私を出すつもりだったんですか!? 嫌です! 絶対嫌です!」


 ドレスを挟んで押し合いをしたまま、互いに譲らず攻防を続ける二人。その光景を黙って眺めていたメイダが、ふいに口を開いた。


「そもそもの原因は、君の上司が姫を連れていっちゃったって事なんだよね」


 にこやかに笑いながら告げられたその言葉に、ラクチェアは致命傷を負った気がした。ぴたりと動きを止め、ぎこちなく首を回してメイダに視線を向ける。

 メイダはにこにこと穏やかに笑っているが、その笑顔が狙った獲物を逃がさない罠だとラクチェアは知っていた。


「上司の失態は部下がフォローするべきだと思わない? ラクチェア副長」


 血の気が下がる音が聞こえた気がした。

 本当にエディルが姫と逃亡したのなら、ラクチェアが責任を取らなければいけない。それは自分でもわかっていたが、まさかこんな形で。


「君はエディルみたいに無責任な真似はしないよね?」


 聖人のような微笑みの陰に、悪魔の姿を見た気がした。


*****


 慣れないドレスとヒールにぎくしゃくしながらも、部屋の扉を開いた。頭に被せたベールのせいで、視界は薄暗い。転ばないように慎重に歩いていくと、フォルスがため息をついた。


「歩き方がまるで駄目ですね。やはりブーツにしますか」

「……すみません」


 丈が短く底の薄い桃色のブーツを渡され、ラクチェアは履き換える。ヒールひとつ履きこなせない自分が、少しだけ恥ずかしかった。

 足踏みをしたり踵を鳴らしたりと足元を整えている間に、メイダがラクチェアの緩やかなウェーブがかった髪を軽くリボンで纏めた。


「これこれ、これだよね~」

「はい?」

「髪。色も長さもウェーブ加減も姫にそっくり」

「……もしかして……それで私が……?」

「顔は隠せても髪は隠す理由が見つからないですからね。背は貴女の方が少し高いですが……まあそのくらいはごまかせるでしょう」

「な……ななっ……」


 満足げに頷くフォルスに、ラクチェアは言葉も出ない。上級神官ともあろうものが、なかなかどうして無茶な作戦を立ててくれる。


「この国の未来は貴女にかかっていますからね」

「頑張ってねラクチェア」


 二人の激励はまるで死刑宣告。不安の波にのまれたラクチェアは、ふらりとよろけ肩を落とした。

 その時扉がコンコンと叩かれる。きっとこれが始まりの合図だと、心のどこかで感じていた。


*****


 案内された部屋に入ると、先に来ていた人物がラクチェアに視線を向けた。淡いクリーム色の髪にチェリークォーツのような瞳。纏う雰囲気は柔らかで、気品がある。

 青年と呼ぶには顔立ちが幼いが、年齢は二十を越えていると聞かされていた。


(この人が、ラゼリアの第二王子……)


 王子はラクチェアの前までやって来ると、右腕を曲げ深く頭を下げた。ラクチェアも慌ててドレスの裾を掴み、軽くお辞儀をする。


「初めまして、セレネディア姫。ラゼリアのノエルと申します」


 思わず返事を返そうと口を開いた瞬間、後ろから背中を小突かれた。

 無愛想眼鏡……もといフォルスは、いつもの彼はどこに行ったと言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、ノエル王子のそばへ歩み寄る。


「申し訳ありません。姫は先日体調を崩してしまいまして……だいぶ良くなったのですが、喉だけがまだ。ですから、本日は私が姫の代弁者として同席させていただきます」


 これで声からバレる事はなくなった。ラクチェアは黙ってただその場に居ればいいだけなのだ。


「そうでしたか……その、ベールは……?」


 困惑したような王子の瞳が、ラクチェアの頭部に向けられる。


「昨日、蜂に刺されてしまいまして。腫れた顔で王子とお会いするのは恥ずかしいと」

(なにそれっ! そんな理由で納得されるワケ……)

「それはお可哀相に……」

(しちゃうんだ……)


 いつ気付かれるかとヒヤヒヤしているラクチェアの心配をよそに、王子とフォルスは和やかな会話を続けている。この分なら杞憂に終わりそうだと、そっと息を吐いた。


「王子、せっかくですから姫に庭をご案内していただいてはいかがです? ね? お二人で」


 突然出された提案に、ラクチェアの息が止まる。

 王子の傍らに佇んでいた女性が、笑顔を浮かべて一同を見た。フォルスは頬を引き攣らせ、それでも作り笑いを絶やさず頭を横に振る。


「姫は声が出せませんし……」

「大丈夫ですよ、うちの王子も口下手ですし。あ、私紙とペンを持ってますからこれをお貸しします」


 上質な紙の束と木炭で出来たペンを渡される。筆談しろという事らしい。

 二人きりという状況は非常にまずい。ラクチェアがミスをしてもフォルスやメイダの手助けは期待出来ないのだ。

 困り果ててフォルスの方を見ると、なんだか諦めた表情をしていた。


(えっ、ちょっと……)

「さあさあ、あとは若いお二人で! 余計なのがついてたらお見合いになりませんもんね!」


 ババ臭い発言をして、女性はラクチェアと王子を部屋の外へと押し出す。無理に断る方が怖かったのか、フォルスは笑顔で手を振っていた。


(嘘でしょう!? ま、待って……)

「姫」


 あたふたしているラクチェアに、王子が声をかける。少し照れ臭そうに微笑んでいるその様子を、うっかり「可愛い」などと思いかけ、慌てて考えを振り払った。

 きっとこれは逃れられない状況なのだと、腹を括ってラクチェアは気を引き締める。


「……案内していただけますか?」


 優雅に手を取られ動揺したが、すぐに冷静になり小さく頷いた。

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