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現代っ子と賢者の石

作者: 緒明トキ

 通学途中、自動販売機の前で、派手に小銭をぶちまけてしまったおじいさんを見かけた。

 幸い自販機の下に入って行ってはいないようだったが、難儀そうに腰をかがめるのを見ていられなくて、おれは反射的に声をかけた。


「大丈夫ですか? おれ、拾いますよ」

「お、おお……すまんね」

「いえ、気にしないでください」


 おれはお年寄りに弱い。

 両親が共働きで、ずっと祖母に世話をされていたせいか、当の祖母が数年前に亡くなった今でも、おじいさんやおばあさんが歩いているとつい目で追ってしまうのだ。

 別に急いでいるわけでもなかったから、おれはおじいさんが拾わなくてもいいように素早く手を動かした。

 一緒に落としてしまっていた小銭入れに、見つけた小銭を全部入れて渡すと、おろおろとしていたおじいさんはほっと息をついた。


「いやあ、助かったよ。本当にありがとう。この年になるとどうも体のあちこちが悪くなっていかん」

「無理はしない方がいいですよ。うちのばあちゃんも膝を悪くして大変でした」

「そうじゃのう、うちの家内にもそれを言われてしまってのう。意地を張って出てきたらこのザマじゃ。しかし感じのいい若者に会えたからチャラかもしれんのう」


 しわだらけの顔をくしゃくしゃにして愉快そうに笑うと、おじいさんはごそごそと鞄を探り始めた。


「どれ、お礼になにか……あげられるものがあると思うんじゃが」

「えっ、いいですよ! そんな大したことしてませんから」

「いやいや、そうはいかん。ええと、この辺に……」


 こういう時はもらっておいた方がいいということを知っているおれは、一度軽く断ってから大人しく待っていた。

 そういえば、ばあちゃんもなにか手伝いをしたら飴をくれたっけ。それで虫歯が増えて、母から怒られたことも思い出した。申し訳なさそうに笑うばあちゃんに、おれ自身も罪悪感を覚えたものだ。

 懐かしく思っていると、目的のものを見つけたらしいおじいさんが声を弾ませた。


「ああ、これじゃ! ほれ!」


 思わず受け皿のように出した手の上に、おじいさんは小さな石をのせた。

 朝日を浴びてきらりと光るそれは、大粒の飴玉くらいの大きさのごつごつとした赤い石だ。宝石かと驚いてよく見てみると、奥の方がぼんやりと濁っている。どうやらただの綺麗な石のようだ。

 高価なものでもなさそうなので、おれはこれをもらうことにした。


「これ、いただいてもいいんですか?」

「構わんよ。ちょっとしたお礼じゃ」

「ありがとうございます」

「ふむ、ちゃんとお礼が言えるとは感心な若者じゃ。それでエリクサーでも作るがよかろう」

「エリクサー?」

「おっ、もうこんな時間じゃ! 朝のドラマが始まってしまう! 長々と引き留めてすまんかったの、ありがとうなあ」

「いえ、さようなら」


 笑顔で軽く頭を下げて、おじいさんはのんびり歩いて行った。残されたおれは、手の中の石を見つめる。

 転がしてみると、水晶のようにきらきらと光を反射する。濁ったような深い赤は、妹が持っているような、安っぽい偽物の宝石に似ていた。


 ●


 家に帰って鞄を開けると、朝におじいさんからもらった石が出てきた。

 部屋の安っぽいライトにかざしてみると、きらきらと鈍く輝く。


『――それでエリクサーでも作るがよかろう』


 おじいさんの言葉を思い出して、おれは石を持ったまま立ち上がった。

 お年寄りの言うことにはあまり逆らえないし、そもそもくれた本人がエリクサーを作るのがいいというのだから、エリクサーを作ろうと思ったのだ。

 おれは外の物置を探って、ばあちゃんが使っていた園芸セットを取り出した。夕陽が眩しい。

 道具を入れたバケツを持って、軍手をはめながら庭に移動する。ばあちゃんが亡くなってから草むしり程度しかしていないそこは、昔より少し寂しげに見えた。


――これもいい機会かもしれないな。


 おれは日当たりのいい場所を選んで、土を掘った。そういえば昔は、ばあちゃんと一緒に土いじりをしたものだ。小さな畑を作っていた頃もあった。

 少し感傷的な気分になりながら、おれは軍手を外してポケットから例の石を取り出した。


 いや、見た目は完全に石だが、種だったとは意外だった。


 おれは正直園芸に詳しくはないから、『エリクサー』という草がどんなものかはしらない。

 だが、見るからに園芸なんてできなそうなおれにくれたのだから、多分育てるのは簡単なのだろう。

 夕陽にきらめくエリクサーの種を穴に入れる。正直どう見ても石だが、これから植物が生えてくるなんて、生命の神秘とはわからないものだ。

 丁寧に土をかぶせて、肥料をまいて、水をやる。園芸が趣味だったばあちゃんのように、とはいかないが、丁寧に世話をすればきっと芽は出るはずだ。

 とりあえず今度、園芸に詳しい近所のワタナベさんにでも聞いてみよう。あと、初心者向けの植物はないかも聞かなくては。

 ばあちゃんと過ごしたあの庭に思いを馳せながら、おれはどこかすっきりした気持ちで玄関へと向かった。


 ●


 エリクサーの種をもらってから数か月がたった。

 残念ながらエリクサーらしい草は生えてきていないが、ばあちゃんが大切にしていた庭の木々が心なしか元気になっている気がする。

 それを言うと、妹には「ただ単にお兄ちゃんが世話してるからでしょ」と返された。それもあるかもしれないが、ただ雑草を抜いて肥料をまいているだけではこうはならないとおれは思っている。

 最近庭に植え始めた花も、道端や店で見るものより生き生きとしているように思える。花の色もとても鮮やかで、園芸の師匠であるワタナベさんにも褒められた。

 咲いた花をばあちゃんの仏壇に飾るようになってからは、仏間が華やかになったと両親からの評判も上々だ。

 なにより、昔おれが好きだった花いっぱいの庭に戻った。それが一番うれしくて、今朝も水をやりながら、人助けをしてよかったなあとしみじみ思った。


 今度またあのおじいさんに会うことがあったら、お礼を言って、ちょっと玄関に飾れるような花でも贈ろうと思っている。




【エリクサー】

 錬金術の至高の創作物である賢者の石と同一、或いはそれを用いて作成される液体であると考えられている。服用することで如何なる病も治すことができる・永遠の命を得ることができる等、主に治療薬の一種として扱われており、この効果に則する確立された製造方法は今もって不明とされている。(Wikipediaより)


 賢者の石の使い方がわからなくてぐぐった経験を生かして書きました。

 案外わからないものですよね、作り方も使い方も。

 ついのべで呟いたものを伸ばした短編です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 現代っ子、なるほど! 最初はなめちゃうのかな?と思っていましたが、そこまで迂闊では無いのも現代っ子なのかも、と思い直しました。 素敵な短編ありがとうございます☆
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