夢見る少女
本編スピンオフ的な立ち位置の作品です(現段階で執筆中)
この作品だけでも問題ありませんが、なんだかもやっとする作品になってしまいました。
同級生の│社直人が夢に出てきたのは、三か月前のことだった。社のことは知っていたけれど、同じクラスというわけでもないので彼と会話したことなどなかったから夢の中でとても驚いたのを覚えている。
幼い頃から、おかしな夢ばかり見てきた。ある時は、地球滅亡の日にロケットで宇宙へ旅立ち、泣きながら割る地球から梅干の種が出てくるのを見たし、あるときは陰陽師の末裔となって、鬼に追いかけられた挙句水鉄砲で口の中にサイダーを入れられたり。そんな、笑える夢ばかり見てきた。あまりにおかしな夢ばかり見るものだから、いつからか私は夢が夢であることに気づくことができるようになった。あの日d――社が夢に出てきた日は、珍しく真面目な夢もあったものだと思ったのだ。
社は、紺絣に黒いマフラーと言う明治初期の学生を彷彿とさせる服で教室の入口に佇んでいた。私はと言うと母校の真っ黒なセーラー襟の制服を着て一人、夕暮れの教室の自分の席にいるのだった。おかしなことと言えば、私の席以外には全て花瓶が置かれていたということだろうか。これでは、私以外の皆が死んでしまったみたいだ、そう思った途端にゾッとして目が覚めた。以来、その夢は見ていない。中途半端に終わった夢には続きがあったりするものだけど、今のところない。寧ろない方がありがたいのだけれど。
「ねえ真智、今日はなんの夢見たの?」
「ええっとねー。舞台袖で全身タイツ履いてたかな」
「ちょっとそれウケるんだけどー」
友達の紗英とのいつもの会話。朝一で夢の話になる。私の夢は面白いから、聞いてしまうのだとか。吉夢は話さないほうがいいというけれど、私の場合それは問題ない。毎日のように夢は見るけれど、富士もナスも鷹も出てきたことはないのだから。そんなことを考えていると、紗英は教室の入口を振り返る。それに合わせるように教室が少し騒がしくなった。主に女子の声で。
「あっ。社直人」
「え」
社はちょっとした有名人だ。運動神経がよく、陸上選手で100m走のトロフィーをすでに二つも持ち帰っている。だから私も知っていた。その社が、私の教室の入り口にいた。彼はキョロキョロと教室を見回す。私は何故か目が合わせられなくて、俯いていた。友達に会いに来たのだろうか。
「あーん行っちゃった。やっぱりかっこいいなあ」
社のファンである紗英はそんなことを言ってため息をついていたが、私はどういうわけか、ほっとしていた。勝手に夢に見た上に、コスプレまでさせていたという罪悪感からなのか。私は思いのほか社のことが好きなのかもしれない。そう思い、顔を上げた瞬間だった。
「あれ、戻ってきた。ってこっちくるよ、真智!」
社直人が、こちらに真っ直ぐ向かってくる。爽やかすぎる笑みを浮かべ私とバッチリ目を合わせながら。戸惑いが隠せない。そんなわけがないのに、あの夢のことがバレたような、そんな罪悪感にも似た気持ちだ。
「真智秋鹿≪まちあいか≫ってあんた?」
「そうだけど」
思いのほか、ラフな口調に動揺するが、何とか答えた。
「これ、持っときな」
「え」
「捨てるなよ。お前のためにも」
そう言われて渡されたのは、所謂人型と言われる和紙だった。不気味だし、何で今まで知りもしなかった私に話しかけてきたのかとか、頭の中でグルグルと考えたが結局解決はしなかった。その日は一日中クラスの女子から質問攻めに遭った。
その日、私は夢の中で教室にいた。夕暮れなのに、なぜか皆黙って席についていた。沙英だけがいなかった。沙英の机には、花瓶が置かれていた。
「っああああ!」
目覚めたら、全身汗まみれだった。夢でよかった、そう思った。携帯が鳴る。牧田からだ。連絡網だろう。
「もしもし」
「真智か? 俺だ。連絡網だ」
「だろうと思ったよ」
「落ち着いて聞いてくれ」
「なあに。台風でも来た?」
「違うんだ。上田が死んだ」
上田。上田沙英。沙英が死んだ?
「え?」
「事故だって。アイツ、通学は歩きだっただろ? 花瓶が落ちてきたんだって……」
「やめて聞きたくない!」
思わず電話を切る。息が上がる。あの、夢、花瓶。何も関係ないと信じたかった。社は何か知っていたのだろうか? だけど、それなら私ではなく沙英に人型を渡すべきではなかったのか? 考えたところで答えは出なかった。沙英、沙英。いつも彼女だけが夢の話を聞いてくれた、大事な親友だったのに。まだ、信じられない。沙英が死んだ? 悪い冗談に決まってる。私は夢うつつで登校した。
上田沙英の机には、花瓶が乗っていた。
「誰よこれ! 不謹慎すぎるよ!」
思わず花瓶を窓から捨てようとした、その時だった。
「おい真智秋鹿。やめておけよ。下にはクラスメイトがいる」
花瓶が奪われる。背後には、社がいた。
「やしろ、くん?」
窓の下を見ると、いつもは誰もいないはずの場所にクラスメイト三森円が立っていた。私は血の気が失せて倒れてしまった。
白い天井とカーテンが揺れる。時々人の声がするのは、保険医と誰かが会話しているからだろうか。
「ああ、起き上がらないほうがいいよ。貧血を起こしているからね」
保険医の隣にいるのは、社直人だ。どうやら私を運んできたらしい。取り乱した姿を見られてしまい、何だか気恥ずかしい気分になる。彼にはたくさん聞きたいことがあるけれど、まずは礼を言うことからだ。
「えっと、社君だっけ。ありがとう、運んでくれたんだよね」
「先生。僕と真智さんを二人きりにしてくださいませんか」
私の言葉は無視され、代わりにとんでもないことを言い始める。
「ちょっと何言ってるの!」
「あらあら、ここは空気を読もうかしらね」
保険医も、保険医で告白か何かと勘違いしてしまったらしい。機嫌よく、朗報待ってるよーと言いながら出て行ってしまった。社は、保健室のカギを閉めてしまう。
「ちょっと、どういうこと?」
「他人に聞かれちゃまずい話がある。そっちも聞きたいことがあるだろ?」
「う。確かに。じゃあまず質問させて。あの紙、なに? 人型?」
もしも。もしも、社が私の夢のこと何か知っているのだったら。
「あれは式神。俺んち、陰陽師みたいなもんだから」
「……」
「信じなくてもいい。大体が信じない。けど、無事ならそれでいいんだ」
そう言って目をそらした社は、言葉とは裏腹に少し寂しそうだった。真偽はともかくとして、彼には人を助ける手段があるということだろう。
「沙英のことも助けようとしたの?」
「彼女はノーマークだった。すまない」
「社のせいじゃないよ。それより、ノーマークってことは私のことはマークしてたってこと?」
「ああ。夢に出たから」
やはり、あの夢が関係しているようだった。
「花瓶の夢のこと?」
「そうだ。俺は、人の死夢に見る。俺の夢に出てきた人が、死ぬんだ。けど、あくまで俺の夢だから、その人は覚えてなかったり夢にすら見てなかったりする。けど、あんたあの夢のこと、覚えているのか」
「夢を覚えるのは得意なの」
「珍しいな。あんたなら、協力してもらえるかもしれない。あの夢はまずい。あれは沢山死ぬ」
社によると、彼の家は陰陽師の末裔であり、あるとき対峙した夢魔に呪いをかけられてしまったのだという。その、呪いというのが夢に見た人物が夢の中で奇怪な死に方をし、現実でも同じことが起こるというのもであった。
「だから、はじめはあんたが危ないと思った。けど、後から夢が変わったんだ。あんた、聞くところによると変な夢ばかり見るらしいから、何らかの力で夢を変えることができるんだろうな。それで、呪いが上田さんに飛び火したんだろう」
「確かに、以前から笑える夢ばっかり見てきたけれど、そんな……私のせいだっていうの?」
「違う。あんたは自分を守っただけだ。どうせ見るなら楽しい夢が見たいと思ったことあるだろ。そんな人には、夢を変える力があるって聞いたことがある。実際に出会ったのは初めてだけど」
そう言えば、小さいころに怖い夢を見て以来、寝る前には必ず楽しい夢であるよう祈って寝る習慣がついている。まさか、これが?
「夢ってのは、脳の記憶整理らしいからな。あんたの思いが何らかの作用を夢に与えたんだろう。それで、死なずに済んだんだよ。とにかく、あんたはもう花瓶の夢のことは気にしないほうがいい。あの夢、花瓶がまだ沢山あった。上田が死んだから、ターゲットが切り替わるだろう。今度もうまくいくとは限らない」
だけど、それじゃあ他のクラスメイトのことは放っておけというのだろうか? このままでは、全員が死ぬのでは? それを、彼は一人で止めようとしているのか? そう思うと、感情が渦巻いた。
「じゃあ、次は誰だっていうの? またクラスの人が死ぬ? 私そんなの嫌だ! それを社君一人で止めるの? あと39人もいるんだよ?」
「けど、あんたには何もできない。あの夢を見れるのは俺だけなんだからさ」
「絶対見てやるわ」
「やめときなよ。それに、夢の種類はコントロールできても、同じ夢を見ることができるかはわからないだろ。もういいから、休めよ」
そういった社は、保健室を出て行ってしまった。私は、しばらくベットで考えていた。社はああ言ったけれど、やっぱりクラスメイトを助けたい。何より、社がまたあんな寂しそうな顔をするのだと思うとたまらなかった。
その日の夜、私は念じた。彼の夢に飛べるように。少しの恐怖と、少しの武者震いだ。目の前に、紺絣が見えた。
「いったーい! 思いっきり鼻ぶつけた」
「っあんた! 何来ちゃってるんだよ!」
社をイメージするのに、紺絣ばかり思い浮かべていたからだろうか。顔面を彼の背中に強打してしまった。
「来れるものなのね。というか、会話できるのね! そして、やっぱりコスプレね!」
「……これはうちの家業の正装だよ。というか、本当に来るなんて」
場所は相変わらず、夕暮れの教室だ。違うのは、そこには無表情のクラスメイト達が、沙英を除く全員が座っている。社はこれが彼の夢であると言っていた。三か月前から変わらない夢。社はずっと毎日この光景を見ているのだろうか。
「ねえ、厳密にどれくらいこの夢見てる?」
「半年。家業を継いでからだ」
「そっか。大変だったね」
「おい、始まる」
ゴト。それが何の音なのか、はじめわからなかった。けれど、すぐに気付いた。花瓶だ。厚いガラスでできた花瓶が、牧田の机の上に乗っていた。牧田がそれを持ち上げ、前の席――三森円へ振り下ろそうとする。
「だめ!」
飛び出そうとして次の瞬間。胸ポケットに入っていた式神がするりと抜けだしだ。その質量に見合うとは思えない力で花瓶を受け止める。
「今のお前がやったのか?」
「社君じゃないの?」
「俺じゃない。そうか、ここは夢の中だもんな。何でもありなのか?」
そういって社はしばらく考えると真剣な顔つきでこちらを見た。
「真智。ちょっと力を貸してくれよ」
「もちろん」
「この場で除霊をしよう。俺一人では夢の中では夢魔にかなわない。けど、あんたがいれば」
「まって、私除霊とかできないけど」
「ここは夢の中だぜ?」
まさか。本気で? 私は社の言いたいことを瞬時に察知した。ここは夢の中。つまり、何でもあり。私は夢を変化させることができるから――。
「私も除霊できる、とか?」
「やってみないとわからない。けど、見込みはある。あんたは初心者だから、今回は式神を使ってみようか。やり方は、さっきも無意識にできたから大丈夫だろうけど、強く念じればいい。ためしにこれに念じてみろ」
「浮け!」
式神がふわり、と浮く。この何の表情もない紙が生き物に見えて、ちょっとかわいい。
「あんた、才能あるよ。さて、俺は結界を作るからあんたは教室全体に攻撃してくれ。夢魔ってのは、夢の空間を作っているそのものからな」
社は、教室の柱にお札らしきものを張り付け始めた。途端に、空間がゆがみ始める。
「そのまま、足元に気を付けて。俺につかまれよ。んで、式神を柱にぶつける勢いで飛ばせ!」
「いっけー!」
いくつかは柱に当てることに成功した。だけどそのほとんどが、社の放ったものだ。
「臨兵闘者皆陣裂在前!」
結ばれた手から光のようなものが溢れ、視界が白んだ。
目が覚めたら、ものすごい疲労感だった。私はゆっくりと家を出た。今日は休日だ。玄関先に社が立っていた。
「おはよう」
「おはよ。えっと、あれで除霊できたの?」
「ああ、あれね。え、本気で呪いだと思ってたの?」
「え?」
社が語ったのは、自分の家業は陰陽師ではなく夢喰いであるということ、花瓶の夢は私の悪夢であり、夢を見ている間は植物人間であったこと。現実世界では半年ほど時間が過ぎてしまったいるということであった。
「夢喰いってなに? 沙英は生きてるってこと?」
「ずっと言おうと思ってたんだけど。あんたって、頭悪そうだよな。俺たちは、夢魔を追って悪夢を回収してそれを売ってるんだよ。金持ちの中には、夢を娯楽にしてる物好きなやつがいるんだ」
「夢魔ね。あの、人を悪夢に陥れる魔物だよね」
「そうだよ。あんたの夢はかなりデカくなってて、どの夢喰いも狙わなかったんだ。危険だからな。普通ならとっくに精神が死んでるレベルだったんだから。よほど精神が強いか、夢を夢として割り切れるタイプなのか……あんたみたいなのは初めてだったよ。さすがに骨が折れた」
「助けてくれたってこと?」
「そ。だけど、今日でお別れだ。俺、あんたの学校の生徒でもなんでもないからな」
「そっかー、さびしくなるね。また、会える?」
「それは無理だな。俺たちは、人の記憶に残らない。夢を行き来するうちに何でかそうなっちまうみたいなんだよ」
「そんな。急すぎるよ!」
「おっと、引き留めるなよ。俺は現実では生きられないんだよ」
そういうと、軽やかに後方へ二回飛ぶ。姿が離れていく。
「待って」
「待たない。次の夢が待ってるからな」
「必ず夢に見てやるんだから!」
気が付くと、家の前に立っていた。休日だというのに早起きしたのだろうか。珍しいこともあるものだ。私は、ゆっくりと深呼吸した。頬には涙が流れた。珍しく覚えていない夢もあったのかと思った。
こんにちは、お久しぶりです。
沙英場 渉というものです。何だか、頭の悪い子を主人公にしたら、私まで頭が悪くなっちゃった気がしました。
まあ、悪いんですけどね!
本編書きたい……時間をもっとください!