#1 遡行
ども、葵夜風改め結野夜風です。
気軽にゆいゆいとか呼んでぐはっ。
そんなこと言ってる場合ではありませんね。
これは活動報告で予告していた新作です。
タイトルは(仮)のものをそのまま使いました。
ストーリーはSFですが、その横に『PF』というのがあると思います。解らないと思うので横に疑問符を添えておきましたが。
これはSFが科学小説じゃないですか。だから科学的ならぬ哲学的という意味でPFです。
どういうことか、これはこの作品の後半部分で現れますのでお楽しみを。
つまり前半はほぼ完全にSFです。SFとしてお楽しみください。
PFは頭の片隅にでも。後半少し納得できるかと。
――死ぬと決められた彼女の運命を覆す物語。
それでは、どうぞ!
「躑躅秋人ってさ、矛盾してない?」
茜色の空。見上げれば紅葉。空と紅葉の赤が相俟って強く昔の日本を思わせる風流な景色。
「矛盾?」
「だってさ、春の花の名前が名字で名前が秋じゃん。結局どっちなの?」
「俺が知るかよ」
そんな中を、俺――躑躅秋人は彼女である結野萌香と歩いていた。
「じゃあ秋でいっか。どっちかというと華やかなのより落ち着いた感じの方が好きでしょ?」
「まあな。派手すぎるのも好きじゃないし紅葉くらいの色の方が落ち着いていいんじゃないか?」
「じゃあ紅葉秋人で」
「そこまで秋好きでもないんだけど……何その名前」
こんな他愛も無い会話をしながら、後ろで手を組み、少し屈んだ体勢から横を向き、上目使いに見てくる彼女と歩いていた。
綺麗で端正だが、少しあどけない顔立ち。綺麗なミディアムの茶髪。抜群のスタイル。程よく実った胸。清楚というに相応しいそんな萌香と、紅葉で溢れ返ったこの道を歩く。
「じゃあ逆に春人?」
「何で統一しようとすんの」
「何となくだよ。いいじゃん別に」
名前で遊んでもいいのだろうか。いいというのなら仕返してやろう。
「じゃあ萌香の名前はこれからけ――」
――つのと言おうとしたところで、
「わーわー! それはやめてって言ってるでしょっ!」
「……本当にこの字でそう読む人だって世の中に入るんだぞ……。ほら、そこに」
誰かも解らないアラフォーくらいのおばさんを小さく指差す。
「……え、マジ?」
「嘘に決まってんだろ?」
「だよね。びっくりした」
こんな、本当にどうでもいい、他愛のない会話。何処か楽しく、何処か愛おしく、何処か輝いた今日の日々。
「今日は楽しかったねー」
「唐突だな……。まあそうだな、楽しかったよ」
何処か輝いた今日の一日を俺は肯定する。
「また来ようね」
「ああ」
そして約束した。またここに来ると。またデートをすると。
「あ、街に出た」
「ああ、そうだな」
その公園の真ん中を通る紅葉でいっぱいの道路を進み切って、その先の学校を分断する道路も進み切って普通の街に出る。
「じゃあここでお別れだね。反対方向だから」
「気を付けて帰れよ」
「うん、解ってるよ。じゃあまたね」
「またな」
鮮やかな紅葉で溢れるその場所を後にした俺は、萌香とも別れを告げる。
家が左の方にある俺は身体を進行方向に向けて、歩き始めた。そして暫くして、ふと振り返り、横断歩道を渡る萌香を見た。未来に希望を馳せるようなその歩き姿に無意識のうちに微笑みつつ、自分の家路を進もうとしたその時。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁああ!!」
耳を劈くような誰かの悲鳴が聞こえた。その時感じた予感は、嫌なものばかりだった。尋常じゃないその悲鳴から想像したのは――
――萌香の斃れる姿。
恐る恐る俺は振り向こうとした。永遠に続くと思われた、輝かしい日々を打ち砕いたその悲鳴の方を。そして目に飛び込んできた赤は未来永劫忘れることはないだろう。
「――萌香っっっ!!」
血を流し、仰向けに斃れる萌香のその姿――萌香の屍に向かって全力疾走する。駆け寄り、声をかけるが返事はない。それもそのはず、屍に声など届くはずもないのだ。顔をあげ、そこにあるトラックの中の運転手を、一度だけ射殺すような目で睨んだ。そしてまた顔を落とし、乱れた萌香の髪を左右に流してその顔面蒼白とした顔を見つめる。
「何で……何でこうなるんだよ……」
ぽつり、呟いたその声と俺の涙が彼女の頬に落ちるのはほぼ同時だった。
萌香は俺の全てだった。他に誰も何も要らない。彼女だけが――萌香だけが全てだった。それだけが生き甲斐のようなものだったんだ。
俺の目の前は真っ暗になり、ただひたすらに泣いたのだった。
*****
それからどれだけ泣いたのだろう。気が付いた時、俺は何処ともしれないベッドで寝ていた。
「あ、目覚めましたね。気分はどうですか?」
「……あの、ここは何処ですか……?」
「え……病院ですが。貴方が路上で倒れていたのを見て貴方の彼女さんが救急車を呼んだんですよ」
……倒れていた? 彼女さんが救急車を呼んだ? 俺はその看護師の言葉に酷く疑問を抱いた。
「あの……彼女は――結野萌香は生きてるんですか?」
「……何言ってるんですか? ちゃんと生きてますよ。確か貴方を運んだ子もその名前だったので間違いありません」
頭の中に無数の疑問符が浮かぶ。死んだはずの人が何事もなく生きていて、倒れていたのは俺? 納得がいくとか、そんなレベルじゃない。
そう言えば何日ほど倒れていたのだろう。気になった俺は周囲を見渡す。すぐにベッド脇の一メートルほどの棚の上に日時や温度、湿度まで付いた多機能置時計を見つけた。そして日時を確認する。
11月6日 10時34分。
確か萌香が斃れた時の時刻は同日の17時頃だったはずだ。ということは俺はマイナス六時間半倒れていたということになる。だが、マイナスなんて日常で出てくる訳ではなく、理論上存在するだけだ。
「……あの、この時計狂ってませんか? ほら、僕の携帯と……」
何かの間違いかと思い、自分のスマートフォンを取り出して時間を比べるが、同時間だった。
もう一度その置時計を確認するが、一切の誤差はない。よく見れば強制受信マークがついてあった。なのでこれは恐らく正確に日本の時刻を表しているのだろう。
じゃあ昨日俺が見たものは幻覚? 萌香の姿も、萌香と交わした言葉も、見た景色も、全て幻想だというのか? いや、そんなはずはない。これ程までに鮮明に想い出せる幻想があってはならないのだ。なら何故時間が巻き戻っているんだ……?
「すいません」
一応確認を取っておきたいことがあり、訊ねる。
「はい……何ですか?」
「最近人工衛星がバグる事件とか発生しましたっけ?」
「いや……なかったと思いますけど」
やはりないか。俺はガクッと項垂れた。
「じゃあ俺がさっきまで見ていたものは何だったんだ……」
「きっと夢ですよ。魘されていたんじゃないですか? 外からじゃあまり解りませんでしたけど」
魘されていた。果たしてそうなのだろうか。しかし、これ以上この看護師に訊いたところで何も解らないだろう。ここは萌香に訊いてみるのが一番早い。寝起きにも関わらず倦怠感がなく、案外身体が軽く動いたのですぐにベットから立ち上がった。
「ちょ、ちょっと大丈夫なんですか」
「すいません、急用ができたんです」
適当な言い訳をし、俺は走り出した。
「え、ちょ、ちょっと!」
看護師の声にも振り返らず、病室を抜け出して、病院を飛びだした。
「……秋人君っ! 心配したんだよっ!」
病院を自動ドアが開き切るのも待たずに出た俺は、いきなり茶髪で清楚な少女――萌香に抱きつかれた。
「ああ、ありがとう」
とりあえず礼を言う。いつここに搬送されたのかは知らないが、ずっと待っていてくれたのだろうか。
「ねぇ、何であんなところに倒れてたの?」
「……そうだ、その件で訊きたいことがあるんだ」
早速萌香が主題に言及したので、俺は質問を開始する。
「何?」
萌香が可愛らしく小首を傾げる。その瞳を真っ直ぐに見つめ、訊いた。
「――お前、何で生きてるの?」
「………………………………」
萌香が表情をなくした。
「ごめん、今のは言い方が悪かった。そういう意味じゃないんだ」
「じゃあどういう意味なのよ」
怒りを抑えたような形相で睨みつけられる。それに気圧されそうになるが、俺は続けて話をした。
「昨日――いや、今日の午後五時頃、萌香とデートしていて分かれ道に差掛かった時に萌香がトラックに轢かれたんだ」
「……?」
訝るような視線を向けられる。それもそのはず、これでは内容を理解することは困難だろう。
「それでその後そこで泣いてて眠ったのか何なのかは知らないけど意識を失って……。気が付けば時が遡ってた」
「……冗談はやめてよね」
「いやいや、マジなんだって。これは実話」
言っても、一向に信じようとしない萌香。
「夢でも見たんじゃないの?」
「じゃあ路上で倒れていたことをどう説明する?」
挑発的にそう問うと、萌香は「うっ……」と顔を引き攣らせた。
「確かにそうだよね……。それじゃ説明がつかない……」
「だろ? ということは恐らくこれは実話ということになるんだけど、じゃあ何で生きてるのって話」
「そんなこと言われても解んないよ……」
萌香は困った様子で顔を歪める。
「これはどういうことなんだろうな……」
「あ、過去に戻るっていうことはタイムスリップってことでしょ? 何かそんな小説なかったっけ?」
小説とか言い出すと、本当にこの世界がフィクションに変わってしまったかのように思える。というかそもそもここは三次元なのだろうか。
「ああ、あったと思う。てかそういうのって結構あるよな」
「……ラベンダーの香りでも嗅いだ?」
「嗅いでねーよ」
萌香の匂いがそれに近いかどうかは別として、実物の匂いは嗅いでいないはずだ。
「てかそれって二次元の話だろ。ここは一応三次元のはずなんだけど。俺はそう思ってるんだけど……」
「そうだと思うよ?」
「だよな、よかった」
萌香が俺に肯定する。肯定してくれるだけでも今は少し安心感があった。
「誰かに訊いてみたら? SFチックなことは科学者に訊けばいいんだよ」
「……大学の教授とかそういう話か?」
少し短絡すぎやしないかとも思ったが、妥当と言えば妥当だ。心当たりは――。
「そうそう。何かさ、一人変な人いなかった? あれは科学者なのかも知れないけどもうちょっとマッドサイエンティストみたいな」
「マッドサイエンティストじゃなかったと思うけど……。でも変な人はいたな、確か」
科学者の癖に科学より哲学とか考古学とか文系的ジャンルが好きな奴が確かいたはずだ。見た目理系の中身文系ならこんなフィクション的事象を扱うのは上手いかも知れない。
「じゃあ行ってみるか、そいつのところに」
と言って、あることに気付く。
「――あ、そう言えば学校はどうなってるんだ?」
「二人とも休みってことにしといたよ」
助かった。萌香の仕事ぶりに素直に感謝する俺だった。
「じゃあ行ってくる」
俺は、今日は欠席ということになっているらしい我が大学――私立紅桜大学へ向かった。
「お前今日休んでたんじゃなかったのか……」
「ちょっと用があってきたんですよ。急用なので病院放置して。じゃあ」
校舎へ向かう途中の道で会った講師を適当に流し、走って教授のいる部屋の方へ向かう。
そしていつになく速く走ったので息を切らしながらその部屋の扉をノックした。「どうぞ」という声が中から聞こえたので、俺は扉をバンッと開け放つ
「……すいません……はぁ……訊きたいことが……あって……」
息も絶え絶えその言葉を言う。
「どうした、そんなに慌てて」
「いや……怪奇現象なんですよ……それも飛び切りSF染みた……」
「ほう。それは興味深いな。是非聞かせてもらおう」
そう言って、「どうぞ」と席を勧める。断る理由もない俺はとりあえずそこに座った。
少し深呼吸をし、息を整える。顔をあげた時そこにいたのは、一人の美人の女教授だった。名前は筒井和子。長い黒髪をストレートに下ろし、白衣に身を包んでいる。スタイルの良さも抜群で、胸に至っては自重してもらいたいくらいだ。そんな教授が興味深そうにこちらを窺っていた。
「で、その怪奇現象というのは?」
「タイムスリップです」
断言した。
「タイムスリップ……確かにSF染みてるな。最近変な電子レンジの粗大ごみを隣人に押し付けられたり――」
「してません。真面目に聞いてくださいよ」
てかこの人ゲームとかもやってるのかよ……。何処までこの人は手を伸ばしているのか、逆に興味深くなった。
「あ、ああそうだな。で、タイムスリップというのも色々ある。一日飛ぶものもあれば戦国時代まで飛ぶものもある。そこで美少女に囲まれてハーレムなんて展開もあるだろう。形態も身体ごと動くものもあれば意識だけ過去に行く場合もある」
真ん中の方に何かラノベっぽい話が入っていた気がする。だがSF自体全て二次元なのでスルーすることにした。
「飛んだ日数は一日だと思います。形態は……正直解りません。病院にいたので怪我とかは治療されていますから」
「前者だけ答えてくれただけでも情報提供に感謝する。で、一日飛んだと言ったが何処で飛んだんだ?」
何処で飛んだ、というのは詳細時刻のことだろう。だが、生憎それは解らない。
「気が付けば飛んでいたので解りません。何せ無意識だったもので」
「そうか……。難しいな。それで、それだけか?」
「それだけ、と言いますと?」
疑問に思い訊き返す。
「何か要因はないのかってことだよ。心当たりは?」
「……あります」
少し呆れ顔だった俺だが、萌香のことを思い出し急に真剣な顔になった。
「ほう。それはどんな?」
「……結野萌香が死ぬことです」
悲愴と混乱の混じったような声音でそう言った。
「そういやこの大学にもそんな子がいたな。君とよくいるあいつだな? そいつが死ぬと?」
「はい。六時間後ぐらいに事故死しました」
未来形なのか過去形なのか解らないおかしな日本語を話す。
「それは君にとっては十八時間前なのだな、恐らく。……人の死が要因ってことはショック症状的にタイムスリップしたってことか……?」
「どうなんでしょう。俺にはちょっとさっぱりな感じです。少し考察はしてみますが」
大した結論は出せないだろうと諦めた上で、努力だけはすると言っておく。
「ああ、してみるといい。私も少し研究してみようか。特殊相対性理論や世界戦理論のようにそれが確実、100%の理論だと定めることは難しいがな。何せ確認方法がない」
「特殊相対性理論は確認方法がないだけなんじゃないんですか」
「科学は実証できないと意味ないからな」
少し、それらしいことを言った。
「じゃあ頼みます」
そう言って去ろうとして、一つ言い忘れていたことに気付く。
「そう言えば、今日も萌香は死ぬんですか?」
「――そうだな。この世界には変えられる未来と変えられない未来があるんだ。変えられない未来を俗に『運命』と呼ぶのだが、もしその子の死がこれに当たるのならば、今日も死ぬだろう」
真剣な顔でそう言った後、少し微笑み、
「安心しろ。どっちにしろ、この仕組みを仮説でも解明して、運命も変えて見せるさ」
「アニメの見過ぎなんじゃないですか?」
俺は微笑みながらそう言った。文系というよりただのオタクじゃないのかと一瞬思ってしまった。恐らく違うのだろうが。
「違うわ。じゃあまあ今日はその子と一緒にいてやれ。もし死んだら報告に来るんだ。じゃあな」
「軽々しく怖いこと言わないでくださいよ。じゃあ」
そう言って部屋を出、病院で待っているであろう萌香のところへ向かった。
その日も同じように、公園の紅葉を見に行った。
紅い、綺麗な紅葉達に包まれ、茜色の空のなか楽しそうに歩を進める俺達。
そんな日々が戻ってきたのかと誰しもが錯覚するような、十一月にしては暖かい一日。
だが、その認識は甘く、また悲劇は訪れる。
昨日と同じだ。昨日と全く同じだ。会話の内容は、前半部分こそ異なっていたが、後半部分の他愛も無い部分は同じだ。事故の場所も同じ。時刻も同じ。運転手の顔も、トラックのナンバーも同じ。悲鳴を上げた三十代の女性の声質も同じだ。
まるで映画でも見ているかのようなその光景に目を瞑り、今日の俺はそこから逃げ出した。
――死ぬと決められた彼女の運命を覆す為に。