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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
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豪腕

若き師範しはん、島崎勝太の甲高かんだかい掛け声が、道場にひびいた。


轟音ごうおんと共に上段から振り下ろされた竹刀しないを、山南敬介が刃先で円を描くようにいなす。

島崎は素早く引くと、二の太刀、参の太刀と矢継やつばやに繰り出した。

その脚運あしはこびは、まるで機械仕掛きかいじかけのように、自分と山南を結ぶ軌道上きどうじょうれることはなかった。


山南は防戦ぼうせん一方にも見えたが、その実、全ての攻撃を巧みにかわしていた。


「またアレだ。まるで相手の考えが読めるみたいだ」

中沢良之助は、自分との立ち合いを思い出すように苦い顔をした。


やがて、良之助の記憶をなぞるように、わずかなすきを突いて、山南が攻撃に転じた。

下段から一閃いっせん、島崎の咽喉元のどもとに、竹刀しないがのびた。


島崎は、野生的なかんで、大きく体をらせてそれをかわす。

上体がくずれたところに、山南は刀を返して、島崎の左肩から袈裟懸けさがけに振り下ろした。


島崎は逆手でそれを受け止めると、鍔迫つばぜり合いで、強引に身体からだを引き離した。


道場に小さなどよめきが起こる。

「すごい」

良之助は島崎の豪腕ごうわんと、それに似ない柔軟じゅうなん体捌たいさばきに見惚みとれた。


一進一退いっしんいったいの攻防が続き、事態は膠着こうちゃくしたようにも見えたが、やがて、少しずつその均衡きんこうくずれて行った。


山南は、四方八方しほうはっぽうから乱れ飛ぶ攻撃を、さきんじて防ぎながらも、気づくと壁を背負っていた。


島崎は追撃ついげきの手をゆるめない。

じりと間合いを詰め、真正面から気合きあいもろとも竹刀しないを振り下ろす。

竹のひしゃげるにぶい音がして、山南の手から竹刀しないこぼれ落ちた。


門人たちの歓声かんせいがあがった。


「参りました」

山南が、こうべを垂れる。


島崎は肩で息をしながら、小さくうなずいた。

そして、何か言おうとしたが、思い留まり、微笑ほほえんだ。


良之助は、まるで自分が試合をしていたような緊張感きんちょうかんから開放されて、止めていた息を大きく吐いた。


井上源三郎が二人にけ寄り、手拭てぬぐいを渡して、

「お疲れ様でした。お水をお持ちしましょう」

と声をかけたが、山南はそれをさえぎった。

「いえ、私はこれにて。また出直でなおして参ります」


「帰るんですか?」

良之助は、意外そうな面持ちで、山南に問いかけた。

「用は済んだ。これ以上なにが?」

「いや、その、てっきりもう一番…」

「そりゃあ君、はじ上塗うわぬりってやつだ」

山南は無く答えた。

その表情はサバサバして、きなくさい政治の話が始まる気配は、微塵みじんもない。

良之助は当てが外れたという顔をした。


「山南さん」

島崎勝太がひたいの汗をぬぐいながら呼びかけた。山南は島崎に視線を戻す。

「我々は、こんなぼうっ切れを振り回していて、文字通り奴らに太刀打たちうち出来るんだろうか」


良之助は、意外な方向から予期していた話題が飛び出したのでぎくりとした。


山南は、乱れたたもとを合わせながら、小さく息をついて眼を閉じた。

「奴らとは?」

「言わずもがな」


道場には、庭から吹き込む晩秋ばんしゅうの風が、とこじくをはためかせる音だけが響いている。

山南は、島崎の真意しんいを問うように、その顔を見据みすえ、なお沈黙ちんもくを守った。


突然、琴が口を開いた。

「さきほど、沖田様とお話をされていたというのは、その件ですか?」


島崎勝太は、少し驚いた顔をして、琴の方を見た。

「ええ。彼がこんなものを持ち込んできましてね」

そして沖田林太郎から手渡された紙を広げて見せた。


しかし山南と琴が目を通す間もなく、良之助がそれを引っ手繰たくった。


「ペリーの書簡しょかん…」

良之助は、その怪文書かいぶんしょをもう一度読み返した。

例えこれが偽書ぎしょだとしても、そこに幾許いくばくかの真実が含まれているとしたら、これをばらいている一派いっぱに同調する気持を禁じない。

それが、師範しはん海保帆平かいほはんぺいであれ、山南敬介であれ、彼らを売り渡すようなことはしたくないし、するべきでも無い。

何故なぜなら、それは、この国のこころざしある若者全てに宛て、ペリーの手紙という形を借りて発せられた檄文げきぶんだった。


そして、平穏へいおんそうに見えたこの小さな町はずれの道場も、やはり時代の奔流ほんりゅうとは無関係でいられないのだ。


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