表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
54/76

邂逅

「これじゃ、前座ぜんざにもならないよ!」

竹刀しないを肩にかついだ宗次郎はニヤニヤ笑っている。


道場の縁側で中沢琴に顔や着物に付いた泥をいてもらいながら、試衛館しえいかん道場門人、井上源三郎は頭をいた。

「面目ない」


中沢良之助は若夫婦のような二人の様子が気に入らないらしく仏頂面を作っている。

「いくら強いとはいえ、相手は子供ですよ。井上さんも不甲斐ふがいない」

「いやあ、面目ない」

井上は、繰り返した。


「しかしあの子の突きは、なんと言うか、普通じゃない」

山南敬介は、あごさすりながら、しきりに感心している。


「沖田宗次郎は、天才なんです」

少年は、山南の言葉が聞こえたらしく、自らその才能を評した。


「でも、井上様もお強かったです。あの初太刀を切っ先ではじかれたのには驚きました」

琴が、井上をかばった。

沖田宗次郎は、少し首をかしげて、琴を見た。

「…ふうん」


「しかし、これじゃあ間が持たない。島崎殿はまだですか?」

良之助が道場の方を振り返る。

山南は、何かいい事を思いついたという風に手を打った。

「どうです。お琴さん。沖田くんと一度手を合わせて見ては」

「え?」

琴は意外な表情で山南を見返した。

「毎日熱心に稽古けいこされていても、素振りばかりじゃ、腕がなまりますよ」

「無茶ですよ!今の見てたでしょう?」

「そうです。いくら剣術のたしなみがあっても、女性には荷が勝ち過ぎる。宗次郎は手加減てかげんてものを知らんのです」

良之助と井上があわてて割って入った。


「一言多い」

宗次郎が井上達に背を向けたままつぶやいた。


山南は、琴の顔をじっと見つめている。

琴は、山南が冗談じょうだんを言っているのではない事を悟って、戸惑とまどった。

彼には、何か意図いとがあるようだった。


駄目ダメだ、駄目ダメだ!」

宗次郎が山南にツカツカと歩み寄って怒鳴どなった。

「私とやりたいんなら、先ずはこの源さんを倒さないと」

はかまほこりをはたいていた井上が、驚いて顔を上げた。

「ええっ!?」


その時、道場の方から、甲高かんだかい声がひびいた。

「山南さん、お待たせしました」


一同が振り向くと、如何いかにも武骨ぶこつ面構つらがまえの青年が、手を上げている。

となりには中肉中背ちゅうにくちゅうぜい馬面うまづらの男を従えていた。


「おお、やっと来た。島崎勝太先生と、沖田林太郎さんです」

井上がほっとした様子で、二人を紹介した。


「すみません。この沖田さんが、突然厄介(やっかい)ごとを持ち込んできまして」

島崎勝太は、屈託くったくのない笑みを浮かべて頭を下げた。

「そりゃあないでしょう」

隣に立つ沖田林太郎は、さも心外しんがいそうに口をとがらせた。


「山南敬介と申します。お忙しいところかたじけない。こちらは同門どうもんの中沢良之助君、姉君のお琴さんです」

山南は常と変わらぬ口調で島崎勝太に返礼する。姉弟も、山南の紹介に合わせて会釈えしゃくした。


島崎は琴の存在に少し怪訝けげんな面持ちをしたが、さほど気にする風もなく、

「恐れ入るのはこっちです。せっかく訪ねていただいた方々を無作法ぶさほうにも外でお待たせするとは。それもご婦人まで」

と改めて謝った。


「でもさ、退屈はさせなかったぜ?」

「お前は、黙ってろ」

沖田林太郎が、口の減らない義理の弟をしかりつけた。

「ま、こんな調子なんで、口さがない連中からは田舎剣法いなかけんぽう揶揄やゆされる始末しまつです。ですから、名門玄武館(げんぶかん)俊英しゅんえいと手合わせ出来るなんて、そうある機会じゃない」

「いえ、あの立ち合いを見た後で、なお田舎剣法いなかけんぽうなどと陰口かげぐちを叩くやからは、何も見えていないのと同じです」

島崎と山南は、互いを牽制けんせいし合う様に、視線を交錯こうさくさせた。


中沢良之助は、二人を交互にながめながら、それぞれの実力をおもんばかってはかりにかけていた。

「ちっ、いいとこだったのに…」

宗次郎がつまらなさそうに地面をって、島崎に竹刀しないを投げつけた。

「さあさ、あがって下さい!」

島崎は、飛んできた竹刀しないの中ほどをつかんで、器用にクルリと一回転させながら柄に持ち替えると、道場にずかずかと入って行く。


「皆すまんが、お客人が来たんで、ちっと道場を借りるぜ?」

稽古けいこをしていた門人たちが、それぞれ動きを止めた。


「井上さん」

山南に声をかけられた井上は、差し出された手に気づいて、竹刀しないを手渡した。

山南の怜悧れいりな横顔には、静かな殺気が漂っている。

それは、良之助との立合いでは見せたことのない表情だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=782026998&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ