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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
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招待

道場に戻った良之助は、その日のうちに山南敬介と数回手合わせすることが出来た。


清河の口利くちききが功をそうしたのか、山南はいやな顔一つせず、良之助に付き合った。

もっとも、彼が勝負に手心を加えることはなかったので、試合はいずれも良之助の惨敗ざんぱいに終わった。


「山南さんは強い」

道着を脱ぎながら、良之助は心底しんそこ悔しそうに言った。


「別に、私が強い訳じゃないと思うが」

山南はおだやかな笑顔を浮かべながらも、思うところを率直そっちょくに述べた。

「君は恵まれた体格を持っているが、その膂力りょりょくに頼みすぎる嫌いがある」


奥州仙台おうしゅうせんだい藩のうまれという山南は、東北人らしい色白で整った顔立ちをしていたが、その柔和にゅうわ容貌ようぼうに反して、剛毅ごうきな一面があった。


良之助は一瞬ムッとしたものの、微笑ほほえむ山南の顔を見るうちに考えを改めた。

辛辣しんらつな言葉は、良之助の感想に対して如何いかにも的を射た答えであったし、それはとりもなおさず、山南が未熟な新入りにも真摯しんしに相対する姿勢を表わしていた。


二人は着替え終わると、居残って稽古けいこを続ける者に挨拶あいさつして、玄武館げんぶかんの門を出た。


「ところで山南さんは、家で待っている人がいらっしゃるのですか?」

「いや。あいにく、独り身でね」

「それでは、どうです?メシでも一緒に」

「お誘いは有難ありがたいが、先立つものがなくてね。恥ずかしながら、飯はもっぱら自炊じすいなんだ」

「では、うちに来ませんか?この近くなんです。ちょっとなら酒もありますし」


実のところ、良之助には飯をおごるくらいの手持ちはあったが、それは年長の山南を立てる配慮はいりょだった。


「いいでしょう?私は、まだ江戸に出てきたばかりで、酒をわす相手もいないんですよ。山南さんは、道場の後見こうけんですから、私にとって初めてできた知り合いというわけです」

山南はしばらく渋っていたが、是非ぜひにという良之助の頼みを無下むげに断ることも出来ず、招待しょうたいを受けることにした。



神田岩本町の狭い路地を入ったところに、中沢良之助の仮住いはあった。

一間半いっけんはんほどの間口まぐちが並んだ割長屋わりながやの、一番奥がそれだった。


辺りはもう薄暗うすぐらくなっている。


「ただいま!」

良之助は、玄関先にドサッと稽古けいこ道具を置くと、帰宅を告げた。


琴の返事がないので、奥の間をのぞいてみたが、姿が見えない。

もとより二部屋しかない間取まどりなので、つまりどこかへ出掛けているらしい。


「変だな。とにかくまあ、狭い所ですが、どうぞ上がって下さい」

良之助は山南に手招きした。

御内儀ごないぎがいるとは知らなかった。いきなりうかがったのはご迷惑じゃないかね」

山南は意外そうな面持おももちで、良之助にたずねた。

「いやぁ、姉です。お恥ずかしいのですが、私のことを心配して、田舎から一緒に出て来まして。まあ、あれは少し無愛想ぶあいそうな所もありますが、気の置けないたちですから、平気ですよ」


山南は座敷に上がると、何かに気付いたように、神妙しんみょうな顔で奥の部屋の方を見た。


その時、縁側の障子しょうじが開いて、木刀を持った琴が姿を現した。

「ごめんなさい、気がつかなくて。お客様?」

「また、そんなもん振り廻してたのかよ。恥ずかしいなあ」

良之介は、山南の顔をチラリとうかがって、頭をいた。

「道場育ちがこうじて、女だてらに剣術の真似事マネごとをするへきがありまして」


琴はあわててそでを縛っていたたすきを解くと、座布団ざぶとんを出した。

「道場でお世話になってる先輩の、山南先生だ」

「これは、これは。弟が面倒をお掛けします」

琴はかしこまって、三つ指を付いた。

「すぐ、お茶を用意しますので」

「いや、お気遣いなく」

山南は丁寧ていねいなお辞儀じぎをして微笑ほほえんだ。

「姉上、ご近所に頂いた酒がまだあったろ」

「はいはい」

子供っぽい見栄みえからくる弟のぶっきらぼうな物言いに、琴は苦笑した。


「姉君は、く剣を使うのかい?」

山南は、かいがいしく食事の支度したくをする琴の背中を見ながらたずねた。


「さあ?父は、もっぱら薙刀なぎなた稽古けいこをつけていましたが、そっちの方は、私が言うのもなんですが、なかなかのものです」

「それは頼もしい」

「それも度を越しますと、困りもんです。このままでは行き遅れてしまう」

当節とうせつはご婦人が剣を振るうのもたしなみのうちなんでしょう。現に千葉先生の姪御殿めいごどのも、かなりの腕前うでまえという話ですよ」

「そんなもんですかね」


ふたりが笑っているところへ、琴が盆を持って戻ってきた。

会話は筒抜けのはずだったが、彼女は山南に一つ愛想笑あいそわらいをしただけで、熱燗あつかんと酒のさかなを卓に並べると、すぐに釜戸かまどの火を見に戻ってしまった。


山南は良之助のしゃくを受けながら、もう一度琴の背中を見てつぶやいた。

「確かに、あの音は、たしなみと言うには度を越してるな…」


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