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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
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接吻

大蔵おおくらは手紙を読み終わると、急に興味を失ったかのようにそれを放り投げ、小亀を引き寄せた。


大蔵おおくらの長い指が、小亀のうなじをでる。

口づけを交わしながら、小亀は大蔵おおくら豹変ひょうへん戸惑とまどった。

ついさっきまでしかつめらしく政治を語っていた、その同じ男の手が、花魁おいらんたもとを割って入っていく。


「いい香りだ」

耳をんでささや大蔵おおくらの息をくすぐったく感じながら、小亀はやっとの思いで抵抗した。


大蔵おおくら様、しとねの用意をさせましょう」

「どうして」

「どうしてって…」

小亀は、優しく抱きすくめる大蔵おおくらの腕に、とうとうあらがえなくなった。


とその時、大音響だいおんきょうとともに、建屋たてやがみしみしと横揺よこゆれした。


小亀は思わず小さな悲鳴をあげて、大蔵おおくらにしがみついた。

揺れはすぐにおさまった。

大蔵おおくらはしばらくじっと動かずに様子をうかがっていたが、階下に悲鳴を聞いて、はだけたたもとを合わせると立ち上がった。

無粋ぶすいな奴がいるもんだ」


大蔵おおくらが階段を降りていくと、板敷いたじきの広間でだいの字に伸びている男がある。

浪人風のその男は口角こうかくから泡を吹いて昏倒こんとうしていた。


「ふうん。人間てのは、ほんとに口から泡を吐いて気絶するんだな」

大蔵おおくらは腕組みして倒れている男を見下ろすと、すぐ脇で立ちすくんでいる男に同意を求めるように、場違ばちがいな感想を漏らした。


「何ごとです、これは…?」

「わかりません。いきなり閉めてあった広間の雨戸を突き破って飛んできたんです」

女中達は遠巻きに男をのぞき込んでいる。


やがて小亀や、他の客も恐るおそる様子を見に下りてきた。


「主人を呼んではどうか」

「私が主人でございます」

「この男に見覚えは?」

「さあ。以前いらした方かもしれませんが、記憶には…」

大蔵おおくらは、男が飛んできたというき出し窓から外に出て、辺りを見渡した。

すると、庭の片隅に、小柄だががっちりとした体格の中年男が、ジッとこちらの様子をうかがっている。

半纏姿はんてんすがた風体ふうていを見るかぎり、町人のようだ。


「もし」

目のあった大蔵おおくらが声をかけると、男は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。

小亀が如才にょさいなく玄関から履物はきものを持ってやってきて、大蔵おおくらの前にそろえた。

大蔵おおくらは、それをひっかけると、男に歩み寄った。


「あれをやったのは、あなたですか?」

「申し訳ございません。口論になって、ついカッとしてしまいまして。おたなを破損した分は、必ず弁償べんしょうさせていただきます。どうか、付け馬に言いつけるのは勘弁かんべんしてください」

男は恐縮きょうしゅくして、また頭を下げた。

「それは、主人に言いたまえ」


大蔵おおくら一瞥いちべつした主人は、困り顔で、この場をどう納めたものか、考えあぐねている。

「とにかく、そのお人の介抱かいほうを!」

小亀が女中に声をかけると、彼女たちは途端とたんにあたふたと、引っくり返っている男の周りを動き始めた。


大蔵おおくらは男の足元の土に争ったあとを認めて、そこから雨戸までの距離を目算もくさんしていた。

「優に二間以上は投げ飛ばしたことになる。すごいな」

「へえ…」

男はしわの刻まれたひたいに汗をいっぱい浮かべて、上目遣いに大蔵おおくらを見ていた。

「きみ、名前は?」

三ノ宮卯之助さんのみやうのすけと申します」


大蔵おおくらは、その名前に聞き覚えがあった。


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