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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
43/76

通牒

「これは!」

中沢良之助は、書簡しょかんから目を上げて二人を見た。


文面は明らかに外国勢力からの脅迫きょうはくだった。


清河は頷いて、先をうながした。

貴国きこくも、国法とやらを大義名分たいぎめいぶんに、応戦すればよろしい。もとより、この勝負の帰結きけつは明白であるから、和睦わぼくうのであれば、書簡しょかんに添えて送った白旗をかかげよ。さすれば、砲撃を止めて、戦艦せんかんを引きげ、改めて話し合いの席に着こう」

書簡しょかんには、おおよそそういったことが慇懃いんぎんな調子でしたためられていた。

まさに国辱こくじょくものの通牒つうちょうだ。


「これが、くだんの国書とやらですか。破廉恥はれんちにもほどがある」

「いや、これは使節マシュー・ペリーの手による私信ししんとされている」

千葉が重々しい口調で答える。


「どういうことです?」

「わからん。そういった触れ込みで、この文書が流布るふされていると言うことだ」

「つまり、贋作がんさくですか」

「この際、この書簡しょかん真贋しんがんはさしたる問題ではない。むしろこうした物が出自しゅつじも不明確なまま、ちまた氾濫はんらんしていることが憂慮ゆうりょされるべきなのだ」


「しかし、何故わたしがここに座らされて、こんなものを読まされているのかがせません」

良之助は困惑こんわくしたように言った。


「実は昨日、千葉先生は、さるやんごとなきお方の訪問を受けた」

清河が話を引き継いだ。

「やんごとなき?なんです?」

「本人がそう言ったんだとさ。そいつは身分を明かさなかった。なんでも九条家と縁故えんこの者で、ある幕府の重鎮じゅうちんから、この書簡しょかんに関する調査を依頼されたそうだ」

「はあ…」

良之助は、この話が最終的にどう自分と結びつくのか想像もつかず、心もとない返事をした。


「近頃、攘夷じょういなんて言葉を耳にするだろう。つまり、幕府はこんなもんが出回ることで、血の気の多い連中が勇み足をするんじゃないかってことを懸念けねんしてる訳さ。ま、肝心かんじん幕閣ばっかくとやらが、一枚岩いちまいいわなのかも怪しいもんだが」

清河が冷笑的な口調で言った。

「しかし、それが千葉先生とどう関係するんです?」

「そこさ。どうやらこの怪文書の出所でどころが、この玄武館げんぶかんじゃないかって話なんだ」

「そんな、まさか…」

「知ってのとおり、北辰一刀流ほくしんいっとうりゅうは、この江戸でも最大の勢力をほこっている。わが流派の看板をかかげた町道場は、今や市中しちゅうのそこかしこに見かけるからな」

清河は自分もその一人だと言いたげだ。


「どうやら、それらの町道場を中心に、流言飛語りゅうげんひごが飛びっているらしいというのだ」

千葉周作が、沈痛ちんつう面持おももちで語った。

「正直、今となっては、私もいったい何名の門人もんじんを抱えているのか、正確には把握はあくしておらん。昨今さっこんは他流試合や出稽古でけいこも盛んで、彼らが銘々(めいめい)各地の道場を行き来することによって、この文書が伝播でんぱんしているというのも、ありそうな話だ」


「それが本当なら、由々(ゆゆ)しき事態ですね。しかし根拠こんきょもあやふやだし、言い掛かりと言えなくもない」

「確かに。もっとも、疑われる下地はあるのだ。我々は、対外政策たいがいせいさく強硬論きょうこうろんとなえる水戸藩とのつながりも深い。門下もんかにはメリケンに対して、天誅てんちゅうを叫ぶねっ返りが多いのも、また事実だ」

「ではこの玄武館げんぶかんの中に、その中心人物がいるということですか」

「それもわからん。仮にひぬだとしても、我々が自ら、あらぬ疑いを晴らさねばなるまい」

千葉は心中しんちゅうを明かすと、チラと清河に目配めくばせして、話を引き継いだ。


「そんなわけで、わたしが先生からその大役たいやくを仰せつかったんだがね。中沢君」

「はあ…」

「何人か怪しいのに目星めぼしはつけてるんだが、とても私一人じゃあ手が回らん」

「なるほど、そういうことですか」

「察しがいいな。心苦しいが、現時点では仲間の全てを疑ってかからねばならない。シロと断定できるのは中沢君、入門したばかりの君だけという訳だ」

「ことの次第しだいは分かりました。しかし断っておきますが、メリケンにくみする気は毛頭もうとうありませんよ。まあ、先生のお立場を守るためということであれば、協力しましょう」


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