依頼
母屋の表座敷に顔を出すと、二人の男が良之助を出迎えた。
「本日より門下に加わりました、上野国利根郡の浪士、中沢良之助と申します」
良之助は、おそらく年配の方が千葉であろうとあたりをつけて挨拶した。
「総師範の千葉周作です。まあ、楽にして座りたまえ」
年配の男は、軽く会釈して席をすすめた。
良之助はおずおずと二人の前に鎮座すると、用件をうかがうように、先ほどから隣に控えている男と千葉の顔を代るがわる見比べた。
「ああ、彼は元塾頭の清河正明君だ」
千葉が男の方を見やって言った。
「先生、私先頃、清河八郎と名を改めました」
鼻筋の通った切れ長の目の男が、千葉の紹介を正した。
「そうだったか」
「申し上げるのは、これで三度目ですが…」
清河は、不満げな面持ちで千葉を一瞥して、良之助に向き直った。
「いきなり話の腰を折ってすまんね。最近、道場を持つことになって、それを機に改名したんだ。中沢君のご実家も、道場をやっておられるとか」
「貧乏道場ですが。父の孫右衛門が利根法神流を継承しております」
「では、ゆくゆくは君が跡を継がれるのか」
「そのつもりです。尤も、このご時勢ですから、どうなるか分かりませんが…」
「お父上の為にも、精進なされよ」
千葉がはじめて微笑んだ。
「時に、中沢君。江戸に着くなり申し訳ないが、一つ頼みがある」
千葉はそう言って、清河八郎に目配せした。
清河は懐から折りたたんだ紙を取り出して、良之助に手渡した。
「君は、そういったものを目にしたことがあるか」
「拝見」
良之助は何かの書簡らしきものに目を通した。




