新参者
翌日、神田お玉ヶ池は玄武館に、真田範之介の姿があった。
範之介は、昨日の屈辱的な敗北を受けて、一から組太刀稽古をやり直すと固く心に期していた。
しかし少々度が過たのか、朝から二刻もの間、一度の休みもなしで稽古を続けた結果、とうとう相手が根を上げてしまった。
仕方なく庭先で涼んでいると、玄関の方から見覚えのある男が近づいてくる。
「やあ」
男は、鷹揚にキセルを持った手をあげて微笑んだ。
「清河先生、お久しぶりです」
清河と呼ばれた男は、範之助の肩越しに道場の奥を覗き込んだ。
「相変わらず、盛況だね」
清河は、この玄武館で免許皆伝を許され、つい先頃、自分の道場を持ったばかりだ。
入門してまだ日の浅い範之介は、清河と手合わせしたことこそなかったが、文武に秀でるこの傑物が、皆に一目置かれているのはよく知っていた。
「先生はご健勝か」
「ええ。最近はさすがに毎日道場に出られることはなくなりましたが。今日はいらっしゃいますよ」
「そうだろうとも。呼ばれて来たんだから」
「ほう、どういった御用で?」
「さあね。私もここんとこ、自分の道場の件でご無沙汰だったので、今日はご機嫌伺いも兼ねてるんだ」
清河は、道場が気になるらしく、庭石にキセルの先をコンと打ち付けて灰を落とすと、縁側の沓脱石で雪駄を脱ぎ始めた。
「ちょっと道場の方を覗いていっていいかい?」
「そりゃかまわんでしょうが、千葉先生をお待たせしていいんですか」
清河は、気にするなというように手をヒラヒラと振って、さっさと中へ入って行ってしまった。
範之助が仕方なく後をついて行くと、清河は道場の隅で立合い稽古を眺めている。
「あのでっかいのは、何者だい?」
「やはり、アレに目が行きますか。新入りです。今日から」
「なかなかじゃないか」
「利根の道場の跡取りだそうですよ。法神流とやらの使い手です」
「ふむ。名前は?」
清河は顎をさすりながら、何か思うところでもあるように男を見つめている。
「中沢良之助君です」
範之介は、怪訝な顔で答えた。




