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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
39/76

新参者

翌日、神田お玉ヶ池(かんだおたまがいけ)玄武館げんぶかんに、真田範之介の姿があった。


範之介は、昨日の屈辱的くつじょくてきな敗北を受けて、一から組太刀稽古くみたちげいこをやり直すと固く心にしていた。

しかし少々度が過たのか、朝から二刻もの間、一度の休みもなしで稽古けいこを続けた結果、とうとう相手が根を上げてしまった。


仕方なく庭先みわさきで涼んでいると、玄関の方から見覚えのある男が近づいてくる。


「やあ」

男は、鷹揚おうようにキセルを持った手をあげて微笑ほほえんだ。

「清河先生、お久しぶりです」

清河と呼ばれた男は、範之助の肩越かたごしに道場の奥をのぞき込んだ。

「相変わらず、盛況せいきょうだね」


清河は、この玄武館げんぶかん免許皆伝めんきょかいでんを許され、つい先頃、自分の道場を持ったばかりだ。

入門してまだ日の浅い範之介は、清河と手合わせしたことこそなかったが、文武ぶんぶひいでるこの傑物けつぶつが、皆に一目置いちもくおかれているのはよく知っていた。


「先生はご健勝けんしょうか」

「ええ。最近はさすがに毎日道場に出られることはなくなりましたが。今日はいらっしゃいますよ」

「そうだろうとも。呼ばれて来たんだから」

「ほう、どういった御用で?」

「さあね。私もここんとこ、自分の道場の件でご無沙汰ぶさただったので、今日はご機嫌伺きげんうかがいも兼ねてるんだ」

清河は、道場が気になるらしく、庭石にキセルの先をコンと打ち付けて灰を落とすと、縁側えんがわ沓脱石くつぬぎいし雪駄せったを脱ぎ始めた。


「ちょっと道場の方をのぞいていっていいかい?」

「そりゃかまわんでしょうが、千葉先生をお待たせしていいんですか」

清河は、気にするなというように手をヒラヒラと振って、さっさと中へ入って行ってしまった。


範之助が仕方なく後をついて行くと、清河は道場のすみで立合い稽古けいこながめている。

「あのでっかいのは、何者なにもんだい?」

「やはり、アレに目が行きますか。新入りです。今日から」

「なかなかじゃないか」

「利根の道場の跡取あととりだそうですよ。法神流ほうしんりゅうとやらの使い手です」

「ふむ。名前は?」

清河はあごをさすりながら、何か思うところでもあるように男を見つめている。


「中沢良之助君です」

範之介は、怪訝けげんな顔で答えた。


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