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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
37/76

見世物

深川八幡宮の境内けいだいは、その日、猥雑な活気に満ちていた。

原色のノボリが立ち並び、呼子よびこの口上が、人々の喧騒けんそうに混じって途切れ途切れに聴こえる。


中沢良之助は、江戸に出てきたことを実感していた。


「さすが、穴原あなはら縁日えんにちとじゃ、まるで人の数が違うなあ!」

彼は、まだ幼さの残る目を丸くして、人々の頭を上から見渡した。


良之助は、行き交う群集から頭一つ抜ける大男だった。

その姿は嫌でも人目をひく。


「縁日じゃなくて、見世物みせものよ」

並んで歩く同じ年頃の娘が、良之助を見上げて、咎めるような口調で言った。

「わかってるさ。なに怒ってるんだい」

「いいの?こんなとこで遊んでて」

そう言った娘の容姿もまた、際立きわだっている。

その瑞々(みずみず)しい美しさは、少し古くなった地味なかすりにさえ、微塵みじんも損なわれる事はなかった。

すれ違う男が次々と振り返っていく。


「道場は明日からだ。まったく、姉上と一緒じゃあ羽も伸ばせない」

「あなたが江戸で羽目はめを外さないよう見張っとけって言われた意味が、なんとなくわかってきた」

姉はあきれたように言った。

「父上の差し金か。俺の面倒を見るために付いてきたんじゃないのかよ?」

「面倒の種類にもよるわね。不慣ふなれな土地なんだし、精々気をつけなさい」

「ちぇ、姉上だってそうだろ?」


利根とね穴原(あなはら)村の剣法道場養武館(ようぶかん)の跡取りである良之助は、北辰一刀流ほくしんいっとうりゅうおさめるために、前日の未明、江戸に着いたばかりだった。


折しも、浦賀に停泊ていはくする黒船に江戸表えどおもてれ、風雲急ふううんきゅうを告げる時節じせつ

人々がこうした娯楽に興じる様は、胸に期するもののあった良之助を、なんだか拍子抜ひょうしぬけさせたが、これも江戸っ子気質かたぎというものかとすぐに納得してしまった。


良之助は人だかりの方を気にしながら、ほとんどうわの空で姉と話を合わせている。

視線の先には「日本一の力持ち」と寄席文字よせもじで書かれた看板が見えた。

呼子よびこの口上によれば、人が乗った馬をさらに舟に乗せて持ち上げる芸を見せるそうで、先々代将軍家斉公の御前ごぜんひろう露したこともあると言う。


「見ていこうよ!」

良之助は嬉々(きき)として姉の肩をゆすった。

「ただじゃないのよ」

姉の方は、人ごみに埋もれて看板までは目に入っていないようだ。

「たった20文さ!」

気の早い良之助は、ふところからすでに木戸銭きどせんを出している。

「どうぞごゆっくり。私はこの近くの知り合いの処に寄ってから、家に帰るわ」

「姉上、俺がついてなくて大丈夫かい」

姉はゲンナリした顔で頭を振った。


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