30/76

死体

何ごともなかったように、蛍（ほたる）が飛んでいる。

先ほどと変わらないはずの川のせせらぎが、妙に大きく聞こえた。

男たちの影が、係留した小さな舟のまわりに蠢（うごめ）いている。

「死体ってのは、なんでこんなに重いんだ」

成田甚蔵（なりたのじんぞう）と三浦屋孫次郎（みうらやまごじろう）が、むしろに包んだ死体の両端を持って引きずっている。

与助（よすけ）は、橋の上に座り込んだまま、まだ立ち上がってこない。

平間重助はため息をついて、二人に手を貸した。

むしろを舟に投げ込むと、孫次郎（まごじろう）がどなった。

「与助（よすけ）さん、いつまで呆けてるんだ！いくぞ」

与助（よすけ）はよろめきながら立ち上がった。

「これからどうするんだ」

平間が誰にともなく聞いた。

「舟で下流まで下る。そこから、水戸に抜ける」

孫次郎（まごじろう）が答えた。

「この死体は」

「途中で川に捨てる」

平間は顎（あご）をさすりながら、下村を見やった。

「こんなことをして、なんになる」

「俺に言ってんのか」

川べりでぼんやりしていた嗣次（つぐじ）が振り返った。

「金さ」

嗣次（つぐじ）はそう言って、また川を眺（なが）めた。

五人は血だらけになっていた。

与助（よすけ）たちは、虚無僧（こむそう）の装束（しょうぞく）を脱ぎ、着替え始めた。

「先生方も、着替えろ」

そう言って、孫次郎（まごじろう）は絣の着物を投げてよこした。

「下村さん」

平間に急かされて、嗣次（つぐじ）は重い腰を上げた。

そして大小を外すと、血糊（ちのり）のついた着物を脱ぎ始めた。

その時、草むらの上に無造作（むぞうさ）に投げ出された長刀へ、鈴木大蔵（おおくら）の細い腕が伸びたことに、嗣次（つぐじ）は気付かなかった。