芸妓
「お茶!」
紅梅は置屋「岩鶴」に帰るなり、不機嫌もあらわに琴へそう言い付けると、三枚歯の下駄を乱暴に脱ぎ捨て、座敷にどっかと腰を下ろした。
彼女は畳に手を付くと、スラリとした両脚を投げ出し、天井を仰いだ。
「あ~あ~!もーやってらんないよ!」
「着物が皺になるよ」
女将が怒鳴った。
「だってさあ!またお座敷おん出されちゃったの。自信なくしちゃうよ、まったく」
紅梅はそこへ湯呑を持ってきた琴の後頭部を、軽く平手で打った。
「あんた!なに、その目付き!」
琴は波打つほうじ茶をこぼさない様に、湯呑をさし上げて右往左往した。
「あたしがまたなんか下手打ったと思ってんでしょ!そんな擦れた眼はね、百年早いんだよ!」
「はい、お茶」
琴は頭をさすりながら、紅梅の目の前にヌッと差し出した。
「どういう風の吹き回しだか、今日、例の近江屋がお座敷を上げたのよ」
紅梅は湯呑から立ち昇る湯気をふっと吹くと、土間の方にいる女将に聞こえるよう大声で言った。
「で、あんたどんな粗相をしでかしたんだい」
「やってないってば。なんだか盛り上がんないお座敷でさあ。2、3杯お酌したら、帰されちゃったの。」
「あたしらは、貰えるもんさえ貰えりゃそれでいいんだよ。2、3杯酌して玉代を頂けるんなら、結構な話さ」
「そうかもしんないけど。あたしにだってねえ、芸妓の矜持ってもんがあんのさ!旦那衆だけで呑みたいなら、最初っから呼ぶなってんだよ」
「近江屋さん。商売柄、姐さん達に聞かせたくない話でもあるんでしよ」
紅梅は琴をジロリと睨むと、ほうじ茶を一口すすった。
「あっち!相変わらずこまっしゃくれてんねえ、それ、慰めてるつもり?ガキのくせに分かったようなこと言っちゃって」
再び湯呑の口をフーフー吹きながら、紅梅は思案顔で両足を引き寄せた。
「ま、考えてみりゃ、確かに怪しげな取り合わせではあったよ。女衒の爺さんに、へんな浪人みたいのと、あと、あれはヤクザだね。あの連中じゃ、どう転んだって粋やわびさびの話にはなんないやね」
琴と女将は、期せず目を合わせた。
「こないだのさあ、清河とか言うのもそうだけど、いったい何が気に食わないってのよ。ねえ、お琴、ちょっと見て。あたしって器量良しじゃなかったっけ?」




