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密計

三浦屋孫次郎みうらやまごじろうと名乗るその侠客きょうかくは言った。

「時間がないから二度とは言わねえ、良く聞いてくれ」

「話すのは勝手だが、まだ仕事を請けるとは言っていない」

中沢は片膝ひざを立ててさかずきを傾けている。

その眼は、閉じているのか、開いているのか、うつむき加減の顔からは判断できなかった。


「おい!」

孫次郎まごじろうは、話が違うという風に近江屋三八おうみやさんぱちを見て、低くすごんだ。


旦那だんな、ここまできてそりゃねえ。あたしの顔を潰さんで下さいよ」

三八さんぱち卑屈ひくつな笑みを浮かべて取りつくろう。


「とにかく、この件を受けるも受けないも、話を聞いてからだ」

「まあいい。だがあんた、今更いまさらただで帰れるなんて思ってねぇよな」

「思ってないさ」

孫次郎まごじろうを見返す中沢の眼には、微かな狂気きょうきが宿っていた。



「予定が前倒しになった」

孫次郎まごじろうは切り出した。

「今日の夜、繁蔵しげぞうる」

「待て。繁蔵しげぞうはまだ四十前の男盛りで、しかも元は江戸相撲えどずもうの力士だ。ことはそう簡単じゃないぞ」

「んなこたぁ、わかってる。俺とあんたのほか、与助よすけさんと成田甚蔵なりたのじんぞうが、笹川に出張ってくる。今頃は、すでに舟でとなりの須賀山村に入ってるはずだ。この二人はあんたも顔見知りだろ」


孫次郎まごじろう与助よすけさんと呼んだのは、首領しゅりょう飯岡助五郎いいおかのすけごろうの実子で、洲崎の政吉まさきち亡き後、若頭わかがしらを継いだ男だ。


「あの馬鹿息子バカむすこが一緒では、身内に敵がいるようなものだ。あんな奴が近くで刀を振り回してたんじゃ、命がいくつあっても足らん」

「何も、面と向かって、名乗りをあげてから斬り合うわけじゃねえよ」

孫次郎まごじろうは手のこうで空を払う仕草しぐさをすると、猿のような顔をしかめた。


若頭わかがしらへの侮辱ぶじょくに何も触れなかったのは、彼も同じ意見だったからに違いない。


「だとしても、笹川繁蔵ささがわのしげぞうも子分の2人3人は連れているだろう。不意討ふいうちが通用するのは最初の一太刀ひとたちだけだ」

「心配すんな。笹川んとこに二人ほど、腕の立つのを紛れこませた。そいつ等は用心棒ようじんぼうとして繁蔵しげぞうに張り付いてる手はずになってる。繁蔵しげぞうは、身内だと思ってる人間に初太刀しょたちを浴びるわけだ」

「場所は」

「奴は賭場とば帰りに、必ずトヨってめかけのところへ寄る。女の家までは一本道。利根川の支流に掛かるビヤク橋を通る。そこで、奴をる」


孫次郎まごじろうと中沢は、しばらく無言で見詰め合っていた。


「誰が絵を描いたんだか知らねぇが、たいしたもんだ」

酔った近江屋三八おうみやさんぱちが、調子外れの合いの手を入れた。

孫次郎まごじろうはそれを無視して、中沢に詰め寄った。

「その気になってきたかい?」

「問題は、その後だ」

「わかってるよ。橋のたもとに着替えをせた船を待たせてある。そいつで一旦、松岸って町まで下ってから、陸路りくろで水戸領に抜けることになってる」

孫次郎まごじろうは片眉を吊り上げてニヤリと笑った。


随分ずいぶん差配さはいが行き届いてるが、その二人の他に中で手引きしてる奴でもいるのか」

中沢孫右衛門なかざわまごえもんは、残っている酒を、孫次郎まごじろういだ。

「俺だよ」

それをグイと飲み干しながら、孫次郎まごじろうは答えた。


「まあそんな訳でな、俺は繁蔵しげぞうに怪しまれないうちに戻らないといけねえ」

さかずきを返すと、孫次郎まごじろうは立ち上がった。

交渉は成ったとんだようだ。


孫次郎まごじろうえて中沢に返答を迫らず、代わりに紙に包んだ五両を投げてよこした。

手付金てつけきんだ。聞いた話じゃ、あんたは政吉まさきちへの義理を果たすつもりかも知れんが、俺の顔を立てると思って、受け取ってくれ」

中沢はたたみの上の五両を見つめたまま、何も言わなかった。


「あんたは後から来い。そこで酔っ払ってるジジイに馬の手配をさせてある」

何処どこに行けばいい」

中沢は、意を決したように孫次郎まごじろうを見上げた。

「ビヤク橋のそばに、与助よすけさんの女房の実家がある。そこで落ち合おう。その包み紙に地図を描いておいた」

「もう一つ」

慌しく出て行こうとする孫次郎まごじろうの背中に、中沢は問いかけた。

「笹川一家にまぎれ込ませたってのは、いったい誰だ?」

めんが割れてねえ他所よその人間だからな、あんたは知らねえよ。下村って若いさむらいだ」

「信用できるのか」

「俺に言わせりゃまだガキだが。まあ、腕は確かだぜ」


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