天賦
更に二刻ほどのち。
水戸城近く、南町にある武家屋敷の門前に二人の姿はあった。
「きっと、もういないよ。下村って奴は玉造にある神社に婿入りしてるんだ。もう帰ったさ」
繁之助が言った。
「昨日の様子だと、あのあと何軒かは梯子してるはずだ」
「それにしたって、今頃は、街道に出てる」
しょ気かえる大蔵に、繁之助はあらたまって尋ねた。
「なぜ、そんなにあの刀に拘る?下村が言うように、あれはお前には不向きだと俺も思う。さっき言ってた理由ってのは、なんだ」
大蔵は、掌の甲で額の汗を拭いながら答えた。
「あの刀に代わりなんかないんだ。もう君は道場へ帰れ」
「強情なやつだな」
繁之助は、あてもなく路地に入っていく大蔵の後を追った。
大蔵は振り返ろうともせず、早足で先を行きながら、独白するように呟いた。
「何故なら、あの刀は、本来わたしのものじゃないんだ。あれを持つべき人間に渡すのが、わたしの務めだ」
大蔵と琴が、数えで七歳の頃。
大蔵が村塾から帰ってくると、縁側で父がひとり、胸にサラシを巻いていた。
「おかえり」
大蔵の顔を見ると、父はひとこと言って、苦痛に顔を歪めた。
「どうしました?」
どこか具合でも悪いのかと、大蔵は少し心配になった。
「いやなに、大したことはない。琴にな、稽古をつけてやってたんだが。迂闊にも不覚をとった」
大蔵は、そう言われて辺りに琴の姿を探したが、どこにも見当たらなかった。
父は大蔵の懸念を察すると、
「外へ遊びにやった。あいつには内緒だ。心配するからな。それから、母上にもだ」
そう言って笑った。
「少し冷やしたほうがいい。手拭を絞ってきます」
大蔵は庭を廻って、勝手の方へ向かった。
そんな大蔵の背中に、父が悲しげな声でぼそりと呟いた。
「どうやら肋骨をやられたようだ。私ではもうあの娘の相手は務まらん」
まもなく陽は大蔵と繁之助の真上まで昇ろうとしていた。
大蔵が悄然と歩いていると、路地の向こうから見覚えのある、がっちりした中背の男が歩いてくる。
大蔵はとっさに脇道に入ると、路肩にあった天水桶に身を隠した。
繁之助もつられて大蔵の後ろに廻り込んだ。
「なんだよ。どうした?」
「あれ、昨日の酔っ払いの一人だ」
最初は男の陰になって見えなかったが、その後ろには脚を引きずって歩く下村嗣次の姿があった。腰には件の長刀を帯びている。
「みつけた」
「どうするよ。ひどく機嫌が悪そうだぜ」
確かに、その日の下村嗣次は、一言でも話しかけようものなら、あの大鉄扇を振りかざしそうな顔をしていた。
「…しょうがない。しばらく後をつけよう。いや、君はもう帰れ」
「馬鹿言え。あんなの見て、お前を一人にできるか」
繁之助は小さく声を荒げた。
「やれやれ…」
大蔵は肩をすくめて見せた。




