<みそひともじ小説> らくよう
「ここに来ると、何だかほっとするね」
霜月の冷えた空気が頬を打つ。色づくあきは、ながめの中に。
紅に、染まる木の葉が風に揺れ、空の涙に露が滴る。
「まあ、故郷だからね。仕事も全部終わらせたし、確かに何だかスッキリしてる」
「相変わらずだね、ヒカルは。もう辞める会社なのに、どうしてそんなにマジメに仕事しちゃうの?」
朗らかに、そして優しくあきは来た。雨が過ぎ去り晴れ間が覗く。
久方の、光差し込む町並みは、記憶と同じ田舎の顔で。
「そこがヒカルらしいんだけどさ。それにしても久しぶりだね」
「高校を卒業して以来だから、何年ぶりかなあ。家は見て行く?」
「ううん、やめとく」
俯いて、かなしいあきは歩き出す。流れる風に押されるように。
物憂げに入相の鐘、町に降る。見上げる先に、山が聳える。
「とっても懐かしいね。子供のころにヒカルとよくこの山に登って、お母さんに怒られた記憶がある」
「仕方ないよ。獣道みたいなのしかないし、地面は滑るし、崖になってるところだってあるから」
紅葉の移り行く様、さながらに、季節外れの蚊遣火に似る。
踏みしめた地面の泥が濡れていた。土へと還る落ち葉と共に。
「この先に渓流があったよね。確か、すっごい綺麗だったこと覚えてる。変わってないかな」
「分かんないけど、変わってなければいいなあって思う。私、あそこがとても好きだったから」
山鳥の鳴き声だけが木霊する。木々が途切れて響く水の音。
ゆく川の、猛々しくも美しく、突き出た岩に砕ける翡翠。
「綺麗ね」
「うん。変わってない。昔のままだ」
幼き日、今と変わらずここに立ち、ともに無心で流れを追った。
時は過ぎ、巡る季節をせき止めて、思い描くは雲居の逢瀬。
「亜季、ここでいい?」
「うん」
ぬばたまの、よる冬のかげ穏やかに、やがて旅立つ二人を隠す。
冷えた手に、ひかる白銀だきしめて、あきの時雨を記憶に刻む。
「ありがとう。ヒカルお兄ちゃんが、一緒に来てくれて本当によかった」
「向こうで、また逢おうね」
ひらひらと、ただひらひらと、まっている。あきはらくよう。ひは沈みゆく。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
大半の方がお気付きと存じますが、気付いていただけなかった場合の空しさが半端ないため、この場にて少しばかり解説させていただきます。
文中の不自然なひらがな表記はだいたい掛詞になっています。「落葉と洛陽」「秋と亜季」「夜と寄る」「待っていると舞っている」「悲しいと愛しい」「日とヒカル」などなどです。最後のは強引ですが……(汗)ちなみに「行く川と逝く川」で三途の川をイメージしてます。
また、歌詞もところどころに使っています。「蚊遣火……表に出せずにくゆる恋情」「雲居……非常に遠いところ」「時雨……初冬のにわか雨。また涙を流すこと」などなどです。
よろしければ、感想お願いします……で、げそ。