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【連載版】加護なしの第八王女は、前世が社畜だったので王宮生活がイージーモードにしか見えない  作者: 茨木野


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7/8

07.


 翌朝。

 ミシェルは、ギデオンと共に朝食の席についていた。

 テーブルには、彼女が昨日の監査で勝ち取った「温かいコンソメスープ」と「焼きたてのクロワッサン」が並んでいる。

 湯気の立つスープを一口啜る。

 五臓六腑に染み渡る旨味。ミシェルは幸福感に包まれ、ほう、とため息を漏らした。


「美味いか」

「はい。この温かさこそ、文明の味です」


 向かいの席でコーヒーを飲んでいたギデオンが、またしても書類の束を取り出した。

 ドサリ、とミシェルのクロワッサンの横に置かれる。


「では、代金を払ってもらおうか」

「……朝食の最中なのですが」

「今日の御前会議の資料だ。議題は『北方遠征の補給問題』。食後にこれを持ってついてこい」

「……はい」


 ミシェルは素直に頷き、片手でクロワッサンを齧りながら、もう片方の手で資料をめくり始めた。

 優雅な朝食は、一瞬にしてパワーブレックファストへと変貌した。

 だが、ミシェルに不満はない。タダ飯に対する対価としては妥当な業務量だ。


    ◇


 食後、ミシェルはギデオンに連れられ、帝城の最深部にある大会議室へと足を踏み入れた。

 そこには、歴戦の将軍たちや、恰幅のいい大臣たちがずらりと並んでいた。

 ミシェルが入室した瞬間、彼らの視線が突き刺さる。

 露骨な侮蔑と、嘲笑の色。


「……おい、あれは隣国から来た王女ではないか」

「ああ、例の『加護なし』か。無能な人質を軍議に入れるなど、何を考えておられるのか」


 ひそひそと囁かれる悪意。

 だが、ミシェルは動じない。むしろ、どこか懐かしさすら感じていた。


(ああ、こっちでもそういう認識ですね。了解です)


 前世のブラック企業でも、新人や派遣社員というだけで見下されていた。場所が変わっただけで、やることは変わらない。

 ミシェルは無表情のまま、ギデオンが顎で示した末席にちょこんと座った。


 会議が始まる。

 そして、地獄が始まった。


「兵糧が足りん! 北方の寒さを舐めるな! 兵士に雪でも食わせろと言うのか!」


 髭面の将軍がテーブルを叩いて怒鳴る。


「無い袖は振れませんな。軍部は予算を使いすぎです。これ以上の増税は国民の反発を招きますぞ」


 財務大臣が冷ややかに返す。


「なんだと! 国を守っているのは我々だぞ!」

「金がなければ剣も振れんでしょうが!」


 怒号の応酬。

 中身がない。

 「足りない」「金がない」を繰り返すだけで、具体的な解決策が一つも出てこない。

 開始から二時間が経過しても、議論は平行線を辿っていた。


 ミシェルは虚ろな目で天井を見上げた。

 前世のトラウマが蘇る。

 平社員だったあの頃、偉い人たちが何も決めずに時間を浪費するのを、ただ黙って見ているしか許されなかったあの無力感。

 だが、今は違う。


(……眠い。帰りたい。帰って二度寝したい)


 ミシェルのイライラが限界に達しようとした、その時だ。

 ギデオンがスッと手を挙げた。


「おい」

「……どうなされた、『若君』?」


 将軍の一人が、ギデオンをそう呼んだ。

 陛下、ではなく、若君。

 帝国では先代皇帝が急逝し、ギデオンが若くして即位したばかりだ。古参の幹部たちの中には、彼を「経験不足の若造」と侮っている者も多い。

 その空気を察しつつ、ギデオンは不敵に笑い、隣のミシェルを指差した。


「補佐官から何か話があるようだ。聞け」

「は? 補佐官……その小娘がですか?」


 全員の視線がミシェルに集中する。

 ミシェルはギデオンをジトリと睨んだ。(私に丸投げしましたね?)という視線だ。

 だが、ギデオンは「やれ」と目で命じるだけ。

 仕方ない。ミシェルはため息をつき、立ち上がった。


「あくびが出そうなので、手短に言いますね」


 可憐な声が、会議室に響いた。

 将軍たちが色めき立つが、ミシェルは構わずにテーブルの上の地図を指差した。


「食料が足りないのではなく、腐らせているだけです。現在の陸路ルートでは、南の倉庫から北へ運ぶ間に、湿気と振動で三割の小麦粉が廃棄されています。これは無駄です」

「なっ……子供が知ったような口を!」

「運搬ルートを、こちらの運河を使った水路に変えてください。船なら揺れも少なく、大量輸送が可能です。時間は半分、廃棄率はほぼゼロになります。これで増産せずとも食料は足ります」


 将軍が口をパクパクさせる。

 だが、ミシェルは止まらない。次は財務大臣に向き直る。


「大臣。予算がないと仰いますが、軍部の在庫管理が杜撰すぎます。予備の剣や槍を、必要数の二倍も発注していますね? 整備不良の言い訳に新品を要求するのをやめさせれば、予算は二割浮きます。その分を輸送費に回せば解決です」


 ミシェルは朝食の間に読み込んだ資料を叩いた。


「数字は嘘をつきません。感情論で喚く前に、在庫管理システムを導入してください。以上、解決策の提示でした」


 シーン、と会議室が静まり返る。

 反論しようとした将軍たちだが、具体的な数字と事実エビデンスを突きつけられ、ぐうの音も出ない。

 あまりに正論。あまりに合理的。

 それを、侮っていた「無能な小娘」に淡々と言い放たれた屈辱と衝撃。


 沈黙を破ったのは、ギデオンの笑い声だった。


「……だ、そうだ。反論はあるか?」


 誰も口を開かない。

 いや、開けないのだ。若君と侮っていた皇帝が連れてきた懐刀に、完全に急所を刺されたのだから。


「よかろう。今の案を採用する。水路の手配と在庫の棚卸しを直ちに行え」


 ギデオンが立ち上がり、会議の終了を告げた。

 ミシェルは「やっと終わった」と安堵の息を吐き、優雅に一礼した。


「では、解散。お疲れ様でした」


 颯爽と退室するミシェルの背中を、おっさんたちは呆然と見送ることしかできなかった。

 ギデオンだけが、愉快でたまらないといった顔で、彼女の後を追う。

 この日、帝国の意思決定速度は、劇的に加速したのだった。

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― 新着の感想 ―
末席のミシェルの横に何で皇帝が座っているの?末席って一番下っ端が座る出口に一番近い席よ。
翌日、将軍は『二日酔い』に(⌒-⌒; )。 将軍「…若僧め( *`ω´)う〜(飲み過ぎで胃が(⌒-⌒; ))」 リディア「朝食美味しい☆〜(ゝ。∂)」
実力主義の帝国の話なのに、今の所血統主義・権威主義の人しか出てきてない。 (ギデオンの振る舞いも独裁者・暗君のそれっぽい) 周りが祖国にいた頃と何も変わってない……。
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