68.エピローグ
【☆★おしらせ★☆】
あとがきに、
とても大切なお知らせが書いてあります。
最後まで読んでくださると嬉しいです。
深い闇の中で、ギデオンは古い夢を見ていた。
それはまだ、彼が皇帝という重圧を背負う前の、孤独で冷たい幼少期の記憶だ。
生まれつき、ギデオンの体は異常なほどに大きかった。
十歳になる頃には大人たちを見下ろす背丈になり、その規格外の筋力と威圧感から、周囲の人間には常に怯えた目を向けられていた。
同年代の子供たちは、彼が近づくだけで悲鳴を上げて逃げ出していく。
大人たちでさえ、腫れ物に触るような態度で遠巻きに彼を観察していた。
化け物。野獣。そんな心ない囁きが、いつも城の廊下の陰から聞こえてきた。
誰も、ギデオンの本当の姿を見ようとはしなかった。
体が大きいだけで、中身はただの子供だ。
本当はひどく寂しがり屋で、誰かと手を繋ぎたいし、他愛のない遊びで笑い合いたい。
けれど、自分の大きな手は、触れるだけで誰かを傷つけてしまうかもしれない。
そんな恐怖と諦めから、ギデオンは自ら孤独という殻に閉じこもるようになった。
自分は恐れられる存在なのだと、見た目通りに野蛮で粗暴な振る舞いを演じることで、傷つく心を守っていたのだ。
そんな暗く冷たい世界に、一筋の光が差し込んだのはいつだったか。
銀色の髪を揺らし、山積みの書類を抱えた小柄な少女が、彼の前に現れたのだ。
それが、ミシェルとの出会いだった。
彼女は巨大なギデオンを見上げても、一切怯むことはなかった。
氷のように澄んだ青い瞳は、決して彼の外見や筋肉の鎧を見ていなかった。
まっすぐに、鋭く、ただ一人の人間としての本質だけを見透かしていた。
ギデオンの不器用な優しさも、抱えていた孤独も、すべてを理解した上で、彼女は容赦なく彼を叱りつけ、そして対等に扱ってくれた。
恐れず、媚びず、正面からぶつかってきてくれる。
その事実が、どれほどギデオンの渇ききった心を救ってくれたことか。
だからこそ、俺は。
◇
ふと、右手に温かい重みを感じて、ギデオンはゆっくりと重い瞼を開いた。
視界に飛び込んできたのは、見慣れた帝城の医療室の白い天井だ。
鼻腔をくすぐるのは、ツンとした薬の匂いと、インクと花が混ざったようなミシェルの微かな香りだった。
首を動かすと、ベッドの傍らにパイプ椅子を引き寄せ、ギデオンの巨大な手を両手でしっかりと握りしめているミシェルの姿があった。
彼女はうつむき加減で、その銀色の髪がギデオンの腕にハラリとかかっている。
規則正しい寝息が聞こえてきそうなほど静かだったが、ギデオンが身じろぎした瞬間、彼女の肩がビクッと跳ねた。
「どうりで、良い夢が見られたと思った」
ひどく掠れた声が、静かな部屋に響いた。
ミシェルが弾かれたように顔を上げ、氷色の瞳を大きく見開いてギデオンを見つめる。
「なんですか、いきなり。目を覚まして最初の言葉がそれですか」
いつも通りの冷静な口調を取り繕っているが、その声は微かに震えていた。
ギデオンは彼女の小さな手を握り返し、ふっと口角を上げる。
「俺は、どれくらい寝ていた」
「ほんの少しですよ。怪我の処置が終わってから、数時間といったところです」
ミシェルは視線を泳がせながら、即答で嘘をついた。
しかし、彼女の目の下にはうっすらと疲労のクマが浮かんでおり、握られた手は体温を分け与えるように熱を持っていた。
「そうか。すまなかったな」
ギデオンは天井を仰ぎ見ながら、わざとらしくため息をついた。
「三日も寝ずに、つきっきりで看病させてしまって」
「なっ……」
ミシェルは間抜けな声を漏らし、持っていた羽ペンを床に取り落とした。
目を白黒させながら、ぱくぱくと口を開閉している。
「ど、どうして三日経ったと……」
普段の完璧な事務官の姿からは想像もつかないほど、完全に動揺して顔を赤くしている。
そのギャップがあまりにもおかしくて、ギデオンは腹の底から笑い声を上げた。
「ふははっ! お前も、そういう顔をするんだな!」
「わ、笑わないでください! 変ですか!」
ミシェルは頬をプクッと膨らませ、抗議するようにギデオンの腕をポカポカと叩く。
痛くも痒くもないその反撃を受けながら、ギデオンは目を細めた。
「いや。最高に面白い女だと思ってな」
ひとしきり笑い合うと、病室の空気はすっかりいつもの二人のものに戻っていた。
ミシェルはコホンとわざとらしく咳払いをして、床に落ちたペンを拾い上げる。
「体調が安定しているようですので、事後報告を済ませます。あの後、大蛇は完全に討伐されました」
眼鏡のブリッジをクイッと押し上げ、彼女は事務的なトーンで語り始めた。
「大蛇の瘴気によって毒された南方の森は、ピクシー主導で土壌の浄化と回復作業が進められています。怪我人や病人も、手配した血清のおかげで全員無事に回復に向かっています」
被害を最小限に抑えられたのは、間違いなく彼女の迅速な手配のおかげだ。
ギデオンは安堵の息を吐き、自嘲するように鼻を鳴らした。
「結局、神話級の化物を前にして、間抜けにやられたのは俺だけだったな」
全身を包む包帯を見下ろしながら、ギデオンは穏やかな声で続ける。
「だが、怪我をしたのが俺だけでよかった」
バンッ!
鼓膜を叩くような破裂音が響いた。
ミシェルが勢いよく立ち上がり、両手でパイプ椅子を弾き飛ばしていたのだ。
「よくない!」
普段は決して声を荒らげることのない冷徹妃が、激しい怒気を孕んだ声を上げた。
その肩は小刻みに震え、瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。
大蛇の猛毒を全身に浴びて倒れたギデオンを見た時、彼女がどれほどの絶望と恐怖を味わったか。
それをよかったの一言で片付けられたことが、どうしても許せなかったのだ。
「……っ」
予期せぬ激昂に、巨大な皇帝は目を丸くしてのけぞった。
ミシェルは荒い息を吐いていたが、やがてハッと我に返り、両手で顔を覆う。
「失礼いたしました。感情的になりました」
大きく深呼吸をして、彼女は再び椅子を直して座り直した。
一瞬でいつもの冷静な表情を取り戻し、淡々と報告を続ける。
「森の空気の浄化作業ですが、聖王国の神官たちに無償でやらせています」
「無償で? あいつらがそんなに素直に動くとは思えないが」
「ええ。ですから、少しばかり脅しました。『皇帝陛下を暗殺しようとした罪を世界中に公表されたくなければ、死ぬ気で浄化しろ』と」
ミシェルは悪びれる様子もなく、書類をめくりながら冷酷な笑みを浮かべた。
さらに、目をキラキラと輝かせながら追記する。
「それから、黒焦げになった大蛇の死骸ですが、あれは非常に優れた資源になります。鱗は防具に、骨は魔法の触媒に。余すところなく解体し、帝国の利益として還元しますよ」
「ふっ。いつも通りだな、お前は」
その逞しすぎる事務官の手腕に、ギデオンはガックリと項垂れるふりをしながらも、嬉しそうに笑った。
すべての報告が終わると、病室に静寂が訪れた。
窓から差し込む午後の陽光が、白いシーツを優しく照らしている。
ミシェルは膝の上で両手を強く握り合わせ、ポツリとこぼした。
「すみません」
「なんだ、急に」
「わたしは、こうして仕事を通してでしか……貴方とまともに話すことができません」
甘い言葉一つかけられない、自分の不器用さを恥じているのだろう。
しかし、ギデオンにとってそれは何よりも愛おしい欠点だった。
「それでいいんだ」
ギデオンは太い腕を伸ばし、彼女の頭を乱暴に撫でた。
「俺は、お前のそういう不器用なところが好きだからな」
ストレートな愛情表現に、ミシェルは顔を真っ赤にしてうつむく。
「……そうですか」
「ああ。これからも、その有能な頭脳で俺を支えてほしい」
「御意に」
ミシェルは即座に顔を上げ、臣下としての完璧な敬礼をして見せた。
その堅苦しい態度に、ギデオンは苦笑する。
「そこは、もっと恋人っぽく言うところだろうが」
すると、ミシェルは呆れたように大きなため息をついた。
「バカですか、貴方は」
「なんだと?」
「わたしは、この国の皇妃となるためにやって来たのですよ。恋人だなんて言ったら、段階が一つ戻ってしまうじゃないですか」
それはつまり、生涯を共にする伴侶としての宣言であった。
予想外のカウンターを食らい、ギデオンは口を半開きにして間抜けな顔を晒す。
その様子がおかしくて、ミシェルはクスクスと小さな笑い声をこぼした。
釣られるようにして、ギデオンも腹の底から豪快な笑い声を上げる。
巨大な皇帝と冷徹な事務官の、不器用で温かい笑い声が、穏やかな午後の光に溶けていった。
【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ミシェルたちの物語は、第一章がこれにて完結となります。
第2章以降の続きを執筆するかどうかは、本当にまだ何も決まっていないので、一度キリのいいここで完結設定とさせてください。
(数日後、こちらのページで『続編の有無』をお知らせするので、ブックマーク登録は外さずにそのままでお願いします!)
作者の今の正直な気持ちを言いますと……どうにかして、この作品で『日間総合1位』を取りたい……っ。
そしておそらく、第二章を完結した『今日この日』が、本作における『最後のチャンス』です……っ。
「第2章が、続きが読みたい!」
「第1章面白かった! 続きの執筆もよろしく!」
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ポイント評価は『小説執筆』の『大きな原動力』になりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします。
最後になりますが、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
願わくば、また第2章で会えることを楽しみにしております!




