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【連載版】加護なしの第八王女は、前世が社畜だったので王宮生活がイージーモードにしか見えない  作者: 茨木野


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67.

 大蛇の顎の下、三番目の鱗の隙間。

 ミシェルによって正確に座標を指定され、生徒たちの魔法によって逆鱗を的確に撃ち抜かれた『南の大蛇』は、言語を絶する苦痛と怒りに身をよじらせた。


「ジュラララアアアアアアアアアアッ!」


 鼓膜を乱暴に引き裂くような咆哮が轟く。

 その絶叫は大気を激しく震わせ、周囲に生い茂る巨木が突風を受けたように根元から激しく揺れ動いた。


 ドロドロに溶けた強酸の唾液を撒き散らし、紫色の致死の瘴気を吹き出しながら、神話級の化物は完全な狂乱状態へと陥る。

 大蛇のヘイトは、もはや目の前の生徒たちには向いていなかった。


 この忌まわしい攻撃を完璧に指揮し、自分に痛烈な一撃を見舞った張本人。

 すなわち、冷徹なる事務官ミシェルに対して、すべての殺意が向けられていたのだ。


「ミシェル先生っ! 逃げてっ!」


 前線で杖を構えていた生徒の一人が、顔を真っ青にして悲鳴を上げる。

 ズズン、ズズンと凄まじい地鳴りを立てて、山のような巨体がミシェルへと直線的に突進してきた。


 戦車など目ではない。

 圧倒的な質量と、触れれば骨まで溶ける死の気配が猛烈なスピードで迫り来る。

 常人であれば、その圧倒的なプレッシャーを前にしただけで膝から崩れ落ち、絶望に涙を流すだろう。


 しかし、ミシェルは一歩も退くことはなかった。

 彼女は氷のように冷たい瞳で大蛇を真っ直ぐに見据え、手元にある懐中時計の秒針を淡々と確認している。


 彼女の頭脳は、極限の恐怖の中でも冷静に化物の生態データを弾き出していた。

 南の大蛇は、強大な魔力と異常なタフネスを持つ引き換えに、視力が極端に弱い。

 その代わり、獲物が発する体温を感知する特殊な熱源感知器官をピット器官として備えているのだ。


 ゆえに、熱を持たない物体を障害物や罠として認識する能力が致命的に欠如している。

 ミシェルが狙ったのは、まさにその盲点であった。


 大蛇の巨体が、ミシェルの手前数十メートルの空間に差し掛かった瞬間。

 地面の落ち葉や土に精巧に偽装して仕掛けられていた、熱を持たないただの紙切れ。

 あらかじめ仕込んでおいた『起爆札』を、大蛇は一切の警戒を抱くことなくその巨体で乱暴に踏み抜いた。


 ドゴォォォォォンッ!


 世界が反転したかと思うほどの凄まじい起爆音が、南方の森に轟き渡った。

 強烈な閃光と爆風が吹き荒れ、ミシェルの銀色の髪と制服のスカートが激しく揺れる。

 次の瞬間、起爆札を起点にして、大地が広範囲にわたって唐突な大陥没を起こした。


「ギャアアアアアアッ」


 足場を失った大蛇の巨体が、すり鉢状に崩れ落ちる大量の土砂と共に真っ逆さまに落下していく。

 凄まじい土煙が天高く舞い上がり、ドスンという重い地響きが足元から伝わってきた。


「い、いつの間に、あんな大穴を」


 血清を打ち終わり、意識を取り戻さないギデオンの傍らに付き添っていたフローラが、腰を抜かしかけながらポカンと口を開けて陥没した地面を見つめる。

 土煙が風に流されて晴れた先には、底が見えないほど深く巨大な縦穴が口を開けていた。


 ミシェルは眼鏡のブリッジを中指でクイッと押し上げ、手元の通信魔導具を揺らしながら淡々と種明かしをする。


「城から通信魔導具を使い、マルコーたち別働隊に指示を出していました。事前の地形データによれば、この地下には広大な廃坑が広がっている。それを利用したのです」


 ミシェルが転移魔法陣で到着するより前の段階から、マルコーたちは地下へ潜っていた。

 そしてミシェルの正確な指示のもと、魔法で廃坑の坑道を繋ぎ合わせて脆くし、この巨大な落とし穴の空間を形成していたのだ。


 大蛇が直線的に突っ込んでくる軌道も、生態から完璧に割り出していた。

 すべてはミシェルの計算と、教え子たちの見事な連携による完全な罠であった。


 深い穴の底から、ズリズリと岩肌を削るような不快な音が響いてくる。

 手足を持たない大蛇が、全身の筋肉を駆使して垂直の壁面を這い上がろうともがいていた。


 しかし、その試みはすぐに無駄に終わる。

 穴の縁にスタンバイしていた生徒たちが、上から大量の油が入った木樽を一斉に流し込んだからだ。

 ドバドバと粘り気のある油が壁面に降り注ぎ、大蛇の分厚い鱗をヌルヌルと濡らしていく。


「ギシャアアアッ」


 ツンと鼻を突く油の匂いが立ち込める中、滑る体では登ることができず、大蛇は穴の底で無様に這いずるしかない。

 ミシェルは穴の縁に立ち、底で這い回る化物を見下ろした。

 彼女の視線の先には、毒に全身を焼かれ、満身創痍で倒れ伏しているギデオンの姿がある。


「本来なら、適当に痛めつけて追い払うだけでよかった」


 ミシェルの右手には、赤い魔力を宿した炎の魔石が握られている。

 その言葉には、普段の冷静な彼女からは想像もつかないほどの、静かで深い怒りの感情が込められていた。


「でもお前は、大事なあの人を傷つけた。その罪は重い。死を以て償いなさい」


 ミシェルが指先から炎の魔石をポロリと落とす。

 赤い光の軌跡を描きながら、魔石は油にまみれた穴の底へと真っ直ぐに吸い込まれていった。


 炎の魔石は油に引火するだけではない。

 古い廃坑の内部には、地層から染み出した引火性の高い可燃性ガスが大量に充満していることが多い。

 ミシェルの膨大な知識は、その化学反応すらも確実に計算に組み込んでいたのだ。


 ドガァァァァァァァァァァァァンッ!


 大地そのものを吹き飛ばすような、規格外の大爆発が巻き起こった。

 穴の底から太陽のように眩い火柱が天を焦がし、凄まじい熱波が周囲の森を一瞬にして焼き払う。


 神話級の化物は、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、絶対的な業火に包まれて完全に灰へと変貌した。

 あまりの熱量に周囲の空気が陽炎のように揺らめき、焦げた土と肉の悍ましい匂いが立ち込める。


「討伐完了。被害状況の集計に移ります」


 ミシェルは燃え盛る炎を背にして、何事もなかったかのように手元の資料へ視線を落とす。

 その恐るべき戦いぶりを静かに見届けていた大賢者ピクシーが、丸眼鏡を光らせながら口を開いた。


「地形もガスも、全部計算尽くだったんだね。恐ろしい手腕だよ」


 ピクシーは感心したように息を吐き、そして意地悪な笑みを浮かべてミシェルの顔を覗き込む。


「ところで。君、すごく怒ってる?」


「ハ? なにに」


 ミシェルは資料から顔を上げず、不機嫌そうに低く聞き返した。

 ピクシーは杖で地面をコツコツと叩きながら、からかうような口調で続ける。


「君にとって大事なギデオンを傷つけられたから、本気で怒ってるんだろう?」


 そのストレートな指摘に、ミシェルの手がピタリと止まる。

 彼女は少しだけ視線を逸らし、頬をほんのわずかに染めながら、平然を装って答えた。


「ギデオンは、この国の国民全員にとって大事な人です」


 皇帝がいなくなれば国が傾く。だから怒ったのだという理屈である。

 しかし、国民全員ということは、当然その中にはミシェル自身も含まれているのだ。

 データ至上主義の彼女らしい、ひどく不器用で回りくどい照れ隠しであった。


「ふふっ。素直じゃないね」


 ピクシーはその真意を完全に見抜き、肩を揺らしてニヤニヤと笑い声を上げるのだった。

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― 新着の感想 ―
前回から、突然デレすぎなんだけどwww
デレが無ければツンが響かないじゃないか。
良かった、守られるだけの【お妃様】では無いのですね。
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