60.
日が落ちて、ミシェル達は帝城へと戻ってきた。
夜の帳が下りた帝城の回廊は、静寂と冷たい石の匂いに包まれていた。
月明かりがステンドグラス越しに差し込む中、公務という名のデートを終えた二人の足音だけが規則正しく響く。
ギデオンはミシェルの私室の前まで歩み寄ると、立ち止まって振り返った。
「遅くまで付き合わせてすまないな」
「いえ」
普段のミシェルであれば、ここできびすを返し、自分の部屋へと戻っていっただろう。
当然だ。彼女は無駄なことを嫌う。公務を終えたのだから、これ以上付き合う義理は……ない。
だが。
「ギデオン、質問があります」
ギデオンも、そして……ミシェルすらも、目を丸くしていた。だが彼女自身も、なぜ質問してるのか、論理的に説明がいかなかった。
ただ、彼女の中にあるのは、彼への疑問、それを解消したいという欲求。それはどうしようもなく、止めることもできなかった。
「あなたが命じれば、私は夜伽もします。ですが、なぜ命じようとしないのです」
ミシェルは感情の読めない瞳を向け、淡々と尋ねた。
口に出した直後、なぜ自分からこんなことを聞いたのかと、ミシェル自身も少し驚いて小さく目を丸くする。
ギデオンは一瞬だけ虚を突かれたように目を見開いたが、すぐにふっと口角を上げた。
彼は一歩だけ距離を詰め、低く落ち着いた声で告げる。
「そんなのつまらん」
「つまらない、ですか」
「ああ。心からの行動でなくては、意味が無いからな」
ギデオンは短く言い捨てると、翻したマントの裾から微かな夜風の匂いを残し、背を向けて歩き出した。
巨大な背中が、コツコツと重厚な足音を立てて夜の回廊の奥へと遠ざかっていく。
取り残されたミシェルは、その背中を見送りながら小さく息を吐いた。
「そう、ですか」
(ただの暴力馬鹿だと思っていたのだが、案外まともなところもあるのね)
冷徹な事務官は、去り際の彼の美学に少しだけ感心し、静かに自室の扉を開けた。
一方、ミシェルから完全に見えなくなった角を曲がった瞬間である。
ギデオンは頭を抱え、石造りの冷たい床に両膝から崩れ落ちた。
「その手があったかぁあああああああああああああああああっ」
自分の美学を優先して最大のチャンスを逃したことに気づき、巨大な皇帝は激しく後悔して床を転げ回る。
静かな夜の城内に、男の情けない絶叫が空しく響き渡るのだった。




