58.
城下町の広場には、野次馬の人だかりができていた。
その中心では、恰幅のいい商人が若い青年の胸ぐらを掴み、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
「この魔法薬は最高級品だぞ。ぶつかって落としたのだから、金貨十枚払えっ」
「そ、そんな。あなたが急に飛び出してきたんじゃないですか」
青年が青ざめた顔で抗議するが、悪徳商人は聞く耳を持たずに凄む。
その騒ぎの中心へ、巨大な影が音もなく割って入った。
「騒々しいな」
ギデオンが低くドスを効かせた声を放つと、その圧倒的な威圧感に周囲が静まり返る。
商人はギデオンを見上げて一瞬怯んだが、すぐに強気な態度を取り繕った。
「なんだ、お前はっ。すっこんでろっ」
商人の罵声を無視し、ギデオンは足元に散らばった割れたガラス瓶を拾い上げる。
そして、こぼれた液体の匂いを嗅ぎ、鼻で笑った。
「ふん。これが最高級品だと。笑わせるな」
「な、なんだと」
「本物の一級品は、もっと鼻を突く強烈な刺激臭がし、深い剣傷すら一瞬で塞ぐ。俺は最前線で幾度も死にかけて、本物を嫌というほど浴びて飲んできた。歴戦の戦士の嗅覚をごまかせると思うなよ」
ギデオンはただの大きな男ではなく、最前線に立ち続ける皇帝である。
書面のデータではなく、実体験による圧倒的な説得力がその言葉には宿っていた。
「これはただの薬草を水で薄めた粗悪品だ。詐欺の疑いがあるな」
「ひぃっ」
顔面蒼白になる商人の前に、騒ぎを聞きつけた街の衛兵が駆けつけてくる。
ギデオンは懐から皇帝の紋章が刻まれた身分証をチラリと見せ、冷たく言い放った。
「こ奴を連行して調べろ」
「は、ははっ」
商人は泣き叫びながら連行され、助けられた青年は何度も頭を下げて去っていく。
いつもならミシェルが法律とデータで論破する役目だが、今回はまったく出番がなかった。
ギデオンはこれ見よがしにドヤ顔を浮かべ、ミシェルの元へと戻ってくる。
「ふん。どうだ」
褒められたそうに胸を張るギデオンを見上げ、ミシェルは少しだけ目を丸くした。
そして、素直に感心したように口角を上げる。
「なんだ。ただの大きな子供かと思っていましたが、頼れるところもあるんですね」
ミシェルから初めて送られたデレの言葉に、ギデオンは最高潮にウキウキと目を輝かせた。
「ふははっ。そうだろう、そうだろう。さあ、もっと俺に惚れていいぞ」
調子に乗ったギデオンが、大きな腕を広げてミシェルに抱きつこうとする。
しかし、ミシェルはスッと無表情でその体を躱し、氷のような目を向けた。
「前言撤回します。やはりただの大きな子供でした。帰りますよ」
「えっ」
ミシェルはスタスタと、またいつもの速足で先へ歩き出してしまう。
木箱の陰から覗き見していた尾行トリオは、深くため息を吐いた。
「せっかく上がった好感度が、一瞬で元通りですぅ」
ティルが長い耳をパタパタと揺らし、一人取り残された哀れな皇帝に同情するのだった。




