53.
むせ返るような土の匂いと、照りつける太陽の熱気。
帝国立学園の裏手に広がる畑では、今日も泥まみれになった生徒たちが荒い息を吐いていた。
「なあ。俺たち、本当に強くなっているのだろうか」
「ああ。ただの農民に成り下がっている気がするぞ」
鍬を握りしめた生徒たちが、ぽつりぽつりと不安を口にする。
連日の過酷な泥仕事で体つきは逞しくなったが、魔法の訓練らしいことは一切していなかった。
「泣き言を言うなっ。冷徹妃様や陛下が、無意味なことをさせるはずがないだろうっ」
マルコーが泥だらけの顔を上げ、周囲の生徒たちを力強く励ます。
しかし、彼が握る鍬の柄はかすかに震えており、その横顔には隠しきれない不安が滲んでいた。
魔法使いとしての勘が鈍っているのではないかという焦りが、彼らの中に渦巻いている。
そこへ、地響きのような重い足音が森の奥から近づいてきた。
「な、なんだっ」
「ひぃぃっ、フォレストボアだっ」
木々をなぎ倒して現れたのは、巨大な猪の魔物であった。
魔力をたっぷり含んだふかふかの土と、育ち始めた作物の青々しい匂いに釣られて迷い込んできたのだ。
凶暴な魔物は赤い目を血走らせ、生徒たちが手塩にかけて耕した畑へと突進してくる。
少し離れた木陰では、ミシェルとピクシーが静かにその光景を見下ろしていた。
「助けに入らなくていいのかい」
「ええ。さあ、彼らの成果を見てみましょうか」
ミシェルは冷めた紅茶のカップを傾け、一切動こうとしない。
畑では、自らの居場所と誇りを荒らされそうになったマルコーが、激しい怒りと共に前に出た。
「ボクらが血と汗を流して耕した畑を、荒らさせるものかっ」
マルコーは右手を突き出し、牽制のつもりで基礎的な土魔法を放つ。
その瞬間だった。
連日の農作業で培われた完璧な土のコントロールと、世界樹の雫で拡張された莫大な魔力が一つに融合する。
マルコーの掌から放たれたのは、小さな石の弾などではなかった。
極限まで圧縮された巨大な岩の砲弾が、空気を引き裂きながら撃ち出される。
鼓膜を破るような凄まじい轟音と共に、巨大な魔物の巨体が紙くずのように吹き飛んだ。
魔物は悲鳴を上げる間もなく、空の彼方へと消え去っていく。
「えっ」
「す、すげえっ」
地面に穿たれた巨大なクレーターを見て、魔法を放ったマルコー自身が一番驚いていた。
他の生徒たちも我に返り、次々と手近な岩や空に向けて魔法を放ってみる。
すると、全員が以前とは比べ物にならない桁違いの威力を叩き出した。
農作業という地味な訓練が、魔法の威力と精密なコントロールに直結していたのである。
「ボクの魔法、こんなに威力が上がっていたのか」
「俺たち、強くなってるぞっ」
泥まみれの生徒たちが歓喜の声を上げて跳びはねる。
その大盛り上がりの輪の中へ、面白くなさそうに鼻を鳴らしたギデオンが歩み寄ってきた。
「ふん。あの程度の雑魚魔物で騒ぐとは、情けない奴らだ」
ギデオンはこれ見よがしにドヤ顔を浮かべ、マルコーたちの前に立つ。
そして、皇帝としての威厳を見せつけるように、右腕に莫大な魔力を込めた。
「ミシェル。俺の魔法のほうが一万倍すごいぞ」
ギデオンが腕を振り抜くと、さらに凄まじい轟音が響き渡る。
彼が放った魔法は魔物どころか、周囲の山を一つ丸ごと吹き飛ばしてしまった。
しかし、ミシェルは一切表情を変えず、氷のような視線を皇帝に向ける。
「威力が無駄に高すぎて、せっかくの畑のふかふかな土まで吹き飛んだじゃないですか。不合格です。精密なコントロールを見せたマルコーたちのほうがマシですね」
「なっ」
生徒たちを見下そうとした挙句、ミシェルに塩対応でばっさりと切り捨てられたギデオン。
巨大な皇帝はガックリと項垂れ、そのまま泥だらけの地面に膝から崩れ落ちた。
「なぜだっ。俺のほうがすごいのにっ」
「大人げないからですぅ」
落ち込む皇帝の背中を、ティルが呆れたように長い耳をパタパタと揺らしながら見下ろすのだった。




