48.
むせ返るような土埃と、青臭い草の匂いが漂う帝国立学園の裏手。
泥まみれになりながら文句を垂れる貴族の生徒たちの中で、一人だけ異様な速度で完璧に畑を耕している青年がいた。
「ふんっ。泥にまみれるなど下民のやることだ。ボクほどの天才になれば、土に触れずとも魔法で畑など耕せるさ」
金髪碧眼の無駄に整った顔立ちをした美男子。
マルコー・フォン・グランツ準男爵である。
彼は土魔法の適性が異常に高く、手にした鍬に魔力を這わせる。
土の硬さを完璧に調整しながら、美しい畝を次々と作り出していた。
そこへ、訓練の進捗を視察に来たミシェルが歩み寄ってくる。
「素晴らしい土の空気含有量ですね」
ぬかるんだ地面を歩くミシェルに対し、マルコーはスッと紳士的に手を差し伸べた。
「おっと、足元に気をつけて。神の加護を持たない貴女のようなか弱い女性が、このような泥にまみれるべきではない」
「ここは未来の将軍たる、このボクに任せて日陰で休んでいるといい」
周囲の貴族たちが加護なしのクズと見下す中、マルコーの瞳に侮蔑の色は一切なかった。
父の代で没落したとはいえ、女性と領民は守るものだと教えられて育ったのだ。
彼は本気でミシェルを労り、紳士的にエスコートしようとしたのである。
しかし、その無駄にキラキラしたイケメンの振る舞いが、ある男の逆鱗に触れた。
「おい。誰の女をか弱い扱いしている」
背後から、ごうっと空気が焼け焦げるような凄まじい殺気が放たれる。
振り返ると、極悪な笑みを浮かべた皇帝ギデオンが立っていた。
「ひっ」
マルコーが息を呑んで硬直する。
ギデオンはマルコーからミシェルを物理的に引き剥がした。
そして大人げなく対抗心を燃やし、面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「土いじり程度で偉そうにするな。手本を見せてやる」
皇帝が右腕に莫大な魔力を込め、隣の荒れ地に向けて無造作に放つ。
鼓膜を破るような轟音と共に大地が消し飛び、作物が絶対に育たない巨大なクレーターが出来上がった。
「どうだ」
自慢げにふんぞり返る皇帝の理不尽な暴力と威圧。
他の生徒たちは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
しかし、マルコーだけはガクガクと膝を震わせながらも、その場から一歩も動かなかった。
「な、舐めるなっ。我がグランツ家は父の代で没落したが、誇りまでは失っていないっ」
恐怖で涙目になりながらも、マルコーはギリッと歯を食いしばる。
「ボクは必ず成り上がる。こんな所で、理不尽な暴力に屈して逃げ出すわけにはいかないのだっ」
彼は意地を見せ、泥水の中に自ら踏み込んで鍬を振り下ろし始めた。
泥だらけになりながらも、完璧な畑を仕上げようと必死に土と格闘する。
その根性を見届け、夕暮れ時。
息も絶え絶えに倒れ込むマルコーの畑と、ギデオンが作ったただのクレーター。
二つを見比べ、ミシェルは淡々と評価を下した。
「マルコーの畑は完璧です。素晴らしい適性と根性ですね。高く評価します。一方、ギデオンのクレーターは作物が育たないので不合格です」
「当然だ……っ」
ミシェルに褒められたマルコーは、泥だらけの顔でフッと格好をつけながら気絶した。
一方、嫉妬で張り合った挙句に不合格という塩対応を受けたギデオン。
彼はガックリと項垂れ、そのまま膝から崩れ落ちる。
「なぜだ」
「大人げないからですぅ」
落ち込む巨大な皇帝を見下ろし、ティルが呆れたように長い耳をパタパタと揺らすのだった。




