46.
帝城の一室。
最高級の葉巻と甘ったるい香水の匂いが入り交じる会議室に、恰幅の良い貴族たちが集められていた。
上座に立つミシェルは、淡々とした声で新たな政策を告げる。
「軍事力の強化、および国力低下を防ぐため、兵站の要である食糧の増産を決定しました。各領地にて農業を強化してください。国からの補助金も手厚く出します」
その言葉に、実入りの良い商業や鉱山開発などで私腹を肥やしている貴族たちは、一斉に渋い顔をした。
「の、農業だと。そのような土いじりにリソースを割くなど御免だ。我々の領地で行っている事業の方が、よほど国益にかなっている」
「そうだ。いくら補助金が出ようと、割に合わん」
口々に不満を漏らす貴族たち。
ミシェルが冷ややかな視線を向けようとしたその時、背後の重厚な扉が軋む音を立てて開いた。
「やれ」
現れたのは、皇帝ギデオンである。
ただ一言、絶対的な命令として放たれた低い声に、会議室の空気が一瞬にして凍りついた。
ギデオンから漏れ出す圧倒的な殺気と威圧感。
貴族たちは顔面蒼白になり、ガクガクと膝を震わせながら何度も首を縦に振った。
「は、はいぃっ。仰る通りにいたします」
最強の皇帝による物理的な脅しにより、会議は強制的に終了となった。
執務室に戻ったミシェルは、ふわりと香る紅茶を淹れながら小さく息を吐く。
ソファーにどっかりと腰を下ろしたギデオンが、面白そうに喉を鳴らした。
「あれだけ怯えていたが、あいつらが素直に言うことを聞くわけがないな」
「当たり前です」
ミシェルは紅茶の入ったティーカップを置き、事もなげに頷く。
「考えはあるんだな」
「無論です。あのような連中が、清廉潔白に事業を行っているはずがありません。裏帳簿、賄賂、密輸。後ろ暗いところは、すでに全てきっちりと調べて証拠を押さえてあります」
ミシェルは机の引き出しを開け、分厚い黒革のファイルを取り出して見せた。
それを見たギデオンは、極悪な笑みを浮かべる。
「ふっ。では、俺は横で怖い顔をして立っていればいいだけだな」
「ええ。よくわかっているじゃないですか。そういう仕事なら、貴方は適任です」
「ふっふっふ」
「ふふふ」
皇帝と次期皇妃が、揃って悪役のような黒い笑い声を上げる。
部屋の隅で書類を整理していたティルは、ガタガタと長い耳を震わせて抱え込んだ束の後ろに隠れた。
「ひぃぃっ。鬼がいるですぅ」
冷徹な事務官と圧倒的な暴力の完璧な連携を前に、小動物のような部下はただ震え上がるしかなかった。




