44.
執務室の静寂を破り、ギデオンがずかずかと重い足音を立てて入室してきた。
彼はミシェルのデスクの前に立つなり、唐突に要求を突きつける。
「金をくれ」
「はい? なんですか、藪から棒に」
ミシェルは羽ペンを置き、冷めた紅茶の香りが漂うカップの横で小さく首を傾げた。
ギデオンは腕を組み、真剣な面持ちで語り出す。
「軍事力を強化すべきだと思うのだ」
「……なんかいきなりまともなことを言い出してきましたね。聞きましょう」
「現状、うちは軍事国家でもある。帝国軍魔導騎士たちは、言ってはあれだがさほど強くない。それでも勝てているのはこの俺がいるからだ」
「ですね。なので、武器に予算を回しているのですが。すでに手は打っています」
ミシェルが淡々と事実を述べる。
ギデオンはふむと顎を撫で、意外にも理路整然と反論を口にした。
「ミシェル、お前を否定する訳ではない。が、雑魚に武器を持たせたところで、そこまでだ。軍事力を真に強化するのであれば、抜本的な改革が必要だろう。それこそ、軍人を連れてくるとか、教育するとかな」
「……」
予想外に芯を食った意見に、ミシェルは目を丸くして言葉を失った。
「どうした?」
「いえ。おっしゃる通りかと」
「あるものでどうにかしようとするお前の考えは立派だし、そうだとは思っている。しかし、やはり軍事力強化も必要だろう」
「しかしいきなりどうしたんですか。まともなこと言い出して」
「俺がまるでまともじゃないみたいな言い方だな。まあふっ、いいぞ。俺はお前のそういう正直なところが好みだ」
「そうですか」
ミシェルは氷のような声でばっさりと切り捨てる。
ギデオンは全く気にした様子もなく、本題へと切り込んだ。
「ということで、教育に金をかけてほしい。この、へいたん? とやらは削って」
「は?」
ミシェルの思考が完全に停止した。
室内の温度が急激に下がり、ギデオンが不思議そうに首を傾げる。
「ど、どうした?」
あまりにも兵站を軽視した皇帝の言葉に、ミシェルは信じられないものを見る目を向けた。
「兵站をなんだと思っているのですか。前線で戦う兵士たちの食糧、武器の補給線、それらを維持するすべてが兵站です。ここを削れば、軍は三日で飢え死にしますよ」
ミシェルは机を叩き、こんこんと兵站の重要性を説き始めた。
そもそも、兵士がまともに動けているのは、彼女が裏で緻密な計算を行い、そちらに十分な予算を回していたからである。
「な、なるほど。そうか、ミシェルはそっちに金を回していたのだな」
一時間に及ぶ冷徹な説教を受け、ギデオンはガックリと項垂れて冷や汗を拭った。
ミシェルは小さくため息をつき、乱れた書類を揃える。
「でもまあ、貴方の言う通り、教育は重要です。そちらにも予算を回し、さらにピクシー殿とも話してみます」
「なぜだ?」
「軍事訓練を学園のカリキュラムに組み込むのです。そちらに適性ある者がいるかもしれませんからね」
「なるほど。そういうことか」
ギデオンは顔を上げ、嬉しそうに目を輝かせた。
「ふっ、やはりミシェル。お前は最高のパートナーだ。俺にはやはり、お前がいないと駄目だな」
「そうですね」
すりすりと身を寄せてくる皇帝に対し、ミシェルは一切の感情を交えずにばっさりと肯定するのだった。




