41.
監視塔からマギア・クィフの王城へと帰還すると、事後処理は恐ろしいほどの速さで進んだ。
兄王派閥の悪い連中は、ギデオンの圧倒的な暴力によって一人残らずしょっ引かれ、冷たい地下牢へと放り込まれた。
さらに、ミシェルが執務室から押収した資料から、彼らの悪事の動かぬ証拠を完璧に押さえていたのだ。
「これらは、兄王の息がかかった貴族たちの横領や不正の証拠です。王弟殿下に与しない連中は、この際しっかり処分するべきかと」
ミシェルは分厚い書類の束を机に積み上げ、感情の読めない声で淡々と進言する。
その徹底した容赦のなさに、大賢者ピクシーは丸眼鏡をずり下げて震え上がった。
「鬼だ……」
「先生、彼女は鬼ではなく、マデューカスの皇帝と次期皇妃ですぅ」
ティルが長い耳を揺らしながら、誇らしげに胸を張って訂正を入れる。
温かい食事と回復魔法で少し顔色を取り戻した王弟ルイスは、ミシェルに向かって深く頭を下げた。
「本当にすまない。他国の揉め事に巻き込んでしまって……心から礼を言う」
「気にしないでください。私は彼女、ピクシー殿たちをスカウトに参ったまで。国家の膿出しは、ただのついでです」
ミシェルは冷めた紅茶のカップを置き、静かに言葉を続ける。
「それに、私は数字上の不正と、仕事のできないくせに偉そうにしている奴が大嫌いなだけですので」
その言葉が響いた瞬間、ミシェルの背後で、目に見えない巨大な岩が落ちてきたような気配がした。
「……っ」
振り返ると、ギデオンが「がーん」という効果音が聞こえそうなほど、あからさまに肩を落としてショックを受けている。
自分も『仕事ができないくせに偉そうにしている奴』に含まれていると思って、しょんぼりしているらしい。
「何ショック受けてるんですか」
「……なんでもない」
そっぽを向く巨大な皇帝を見て、ティルがニヤニヤと口元を隠す。
「もしかしてぇ、図星を突かれて……」
「あ?」
「ひぃいっ」
ギデオンが低い声で威圧すると、ティルは一瞬で長い耳を畳んでミシェルの背後に隠れた。
ミシェルは呆れたように小さく息を吐き、部下への威嚇を無視する。
すると、ギデオンはすりすりとミシェルの肩にべったりくっついてきた。
「なんですか」
「嫌いなのか、俺のことが」
「誰も貴方のこととは言っていないでしょう」
「ふっ。わかっていた」
安堵したように口角を上げるギデオンに、ミシェルは(絶対にわかっていなかったんだろうな……)と内心で毒づく。
気を取り直し、ミシェルはルイスとピクシーに向き直った。
「王弟殿下、そしてピクシー殿。我が帝国の学園再建のため、賢なる者たちの力をお貸しくださいませ」
真っ直ぐな要請に対し、ルイスは微笑んで快諾の意を示す。
そして、傍らに立つギデオンを見上げて深く頷いた。
「こちらこそ。マデューカス皇帝陛下、どうかその『賢者様』のお力を、我が国の立て直しにも貸していただけますと助かる」
「……賢者? なんの話ですか」
ミシェルが眉をひそめる。
どうやら、賢者とはミシェルのことを指しているらしい。
「いえ、私は賢者なんて大層なものではありませんよ」
「ご謙遜を。神の加護もなく、知恵と事務処理能力だけでここまで国家をひっくり返せるお方はおりませぬ」
ルイスの言葉に、ピクシーも深く頷く。
「ああ。大賢者と呼ばれる私よりも凄いと認めるよ」
「ですぅ。ミシェル様は最高なのですっ」
ティルもパタパタと耳を揺らして同調する。
自分の女が他国のトップから絶賛され、ギデオンはこれ以上ないほど鼻高々にふんぞり返った。
「ふふん、まあよかろう。今後とも仲良くしてやってもいいぞ」
ぺちん、と小気味良い音が響く。
ミシェルは得意げな皇帝の腕を平手で軽く叩き、冷ややかな声で釘を刺した。
「偉そうにしないの」
叱られたギデオンは悪びれる様子もなく、ただ嬉しそうに喉の奥で笑い声を上げるのだった。




