39.
ミシェルたちが辿り着いたのは、北の辺境にそびえ立つ古びた監視塔だった。
冷たい風が吹きすさぶ中、石造りの塔の周囲には青白く光る強固な多重結界が幾重にも張り巡らされている。
マギア・クィフの粋を集めたとされるその防壁は、肌を刺すような濃密な魔力を放ち、周囲の空気を歪ませていた。
「手っ取り早いな」
ギデオンは獰猛な笑みを浮かべ、やる気に満ちた足取りで正面から堂々と歩いていく。
大賢者ピクシーは丸眼鏡をずり下げ、慌てて彼を引き止めようと前に出た。
「バカか君は。あれは魔法国家の粋を集めた多重結界だ。真正面から壊せるものではない」
しかし、皇帝の歩みは止まらない。
ギデオンは右腕に圧倒的な魔力を収束させると、何の躊躇いもなく結界の壁面を素手で殴りつけた。
「ふんっ」
鼓膜を破るような轟音が辺り一帯に響き渡る。
絶対的な強度を誇るはずの多重結界は、まるで薄いガラス細工のように粉々に砕け散り、まばゆい光の粒子となって空へ霧散した。
「なん……だと」
ピクシーは口をポカンと開け、信じられないものを見る目で宙を舞う光の欠片を見つめる。
呆然としたまま、隣で静かに佇むミシェルへと首を向けた。
「いつもこんななのかい?」
「ええ」
ミシェルが感情の読めない声で淡々と頷くと、ピクシーは心底同情するような眼差しを向けてきた。
「苦労が偲ばれるよ」
結界が消滅した塔の内部へ突入すると、空気はひんやりと冷たく、重い湿り気を帯びていた。
カビと鉄錆の入り混じった臭い地下牢の奥で、冷たい石の床に繋がれた人物を発見する。
「ルイス殿下っ」
ピクシーが駆け寄ると、太い鎖に繋がれた王弟ルイスが微かに顔を上げた。
頬はこけ、手足は枯れ木のように痩せ細り、完全に衰弱しきっている。
まともな食事すら与えられず、ただ生かされているだけの凄惨な状態だった。
虚ろな瞳は焦点が合っておらず、息をするのすら辛そうだ。
「ティル、食事を」
「はいぃっ」
ミシェルの指示を受け、ティルが急いで温かいスープの入った水筒を取り出し、ルイスの介抱を始める。
ふと、ティルは顔を上げ、踵を返して歩き出そうとする上司たちに尋ねた。
「あの、ミシェル様とギデオン様はどちらへ?」
塔のさらに奥、看守たちの詰め所が並ぶ通路を見据え、ミシェルは極めて冷ややかな声で答える。
「そりゃもう、お仕置きに決まってますよ」
一切の感情を排した氷のような声色だった。
隣を歩くギデオンは、極悪な笑みを浮かべながらボキボキと鈍い音を立てて指の関節を鳴らしている。
ルイスの惨状を目の当たりにし、二人の静かな怒りは確実に沸点へと達していた。
「ひぃっ、鬼が二匹……」
一切の容赦を微塵も感じさせない恐ろしい後ろ姿を見送って、ティルはガタガタと長い耳を震わせるのだった。




