35.
中立魔法国家マギア・クィフへと向かう道中。
ガタガタと揺れる馬車の中で、なぜかギデオンがミシェルにぴったりとくっつき、肩や腕にすりすりと身を寄せてくる。
「……なんなの」
「やけに狭い馬車だな。手配を急がせたせいで、これしか用意できなかったのでな」
「そう……」
ミシェルは短く返し、小さくため息をついた。
皇帝の権力をもってすれば、どれほど急ぎであっても最高級の大型馬車を手配できるはずである。
明らかに姑息な嘘であったが、反論する時間が惜しいため黙殺することにした。
彼女は膝の上に書類を広げ、揺れる車内でも構わずにバリバリと事務仕事をこなしていく。
ギデオンは仕事の邪魔こそしないものの、大型犬のようにずっと横で密着し続けていた。
ひたすらにうざいものの、静かにしているならとミシェルは放置して計算に没頭する。
やがて、強力な魔力の気配が漂うマギア・クィフの国境門へと到着した。
馬車を降りたミシェルたちを、魔法国家の門番が胡散臭げな目で見下ろしてくる。
門番の片眼には、対象の魔力や神の加護を測るための魔眼の術式が刻まれていた。
彼はミシェルを一瞥するなり、鼻で笑って侮蔑の言葉を吐き捨てる。
「なんだ貴様ら。ここは選ばれた魔法使いの国だ。加護も魔力も一切持たないような女が、足を踏み入れていい場所ではない」
「おい」
ミシェルが反論するよりも早く、背後から底冷えのする低い声が響いた。
ギデオンから放たれた圧倒的な殺気と魔力の波動に当てられ、門番は無様に腰を抜かす。
「ひぃいっ。ま、まさか、マデューカスの鬼皇帝……っ」
(鬼皇帝……?)
物騒すぎるあだ名に、ミシェルは内心でこっそりと首を傾げた。
門番はガタガタと全身を震わせ、地面に這いつくばっている。
「ふっ。わかっているなら、さっさと通せ」
「はいぃいいっ」
「それと、おい。お前、俺の女にひどいセリフを言ったことをちゃんと謝れ」
「し、失礼しましたぁ……」
門番が土下座の勢いで謝罪するのを見下ろし、ギデオンはひたすらにご満悦な表情を浮かべていた。
大声で『俺の女』と公言できたことが、余程嬉しかったらしい。
ひくひくと引きつる門番を放置し、ミシェルは呆れつつも目的の私塾を探すために歩みを進めるのだった。




