34.
過労で倒れてから数日後。
ミシェルは皇帝の執務室に戻り、いつものデスクに座っていた。
部屋には真新しいインクの香りと、淹れたての紅茶の温かな湯気が漂っている。
「ミシェル様ぁ。本当によかったですぅ」
「心配をおかけしましたね、ティル」
ミシェルは涙目で鼻をすするティルの頭を、優しくポンポンと撫でた。
ティルは嬉しそうに長い耳をパタパタと揺らし、すり寄ってくる。
「俺もお前を心配して寝ずに看病とかしていたのだが……」
「陛下は頑丈ですから、大丈夫でしょう。それより仕事です」
「……なぜ俺には冷たいんだ」
あからさまに不満げに拗ねるギデオンを、ミシェルは華麗にスルーした。
絶対的に信頼しているからこその塩対応なのだが、それを口に出すつもりは毛頭ない。
ミシェルが手元の書類に視線を落としたその時、執務室の扉が乱暴に開かれた。
「ふざけるな。我々を解雇だと」
「長年学園に尽くしてきた我々に対する侮辱だぞ」
なだれ込んできたのは、帝国立学園の無能な教師陣だった。
彼らは徒党を組み、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
ミシェルは氷のような視線で彼らを見下ろし、手元の分厚い資料を机に叩きつけた。
どさりと重い音が室内に響く。
「尽くしてきた。生徒の成績改ざん、裏金の受け取り、授業の無断欠格。これのどこが尽くしているのですか」
「ぐぬぬっ」
完璧な証拠を突きつけられ、教師たちは一斉に言葉を詰まらせた。
冷や汗を流して狼狽える彼らに、ミシェルは冷徹な宣告を下す。
「お前たち、このままだと全員即座にクビにします。ですが、温情で一度だけチャンスを与えましょう」
「一週間後、教師陣の実力試験を実施します。合格点に満たない者は即時解雇です」
「そ、そんな馬鹿な」
「なんとかやる気を見せるか、どうにかしなさい。それまで死に物狂いで勉強することですね」
絶望の宣告に、教師たちは次々と膝から崩れ落ちた。
泣き喚く彼らを衛兵に引きずり出させ、執務室に再び静寂が戻る。
教師を一掃するのは確定路線として、代わりの良い教育ができる良い教師が必要になる。
ミシェルは隣で計算魔道具を抱える部下を振り返った。
「ティル経由で、貴方にその異常な計算能力を叩き込んだ凄い先生とか、いませんか」
「いますっ。中立魔法国家マギア・クィフで、帝国から迫害された亜人や獣人の落ちこぼれ達を集めて、私塾を開いている先生が」
ティルは目を輝かせて即答した。
マギア・クィフは国規模で強力な魔法を扱う閉鎖的な国家であり、普通の人間は入国すら困難な場所だ。
「なるほど。魔法国家ですか。普通の人間では結界を越えられませんね。どうしましょうか」
ミシェルが思案するように顎に手を当てた、その瞬間だった。
ばんっ、と勢いよく執務室の扉が開いた。
「話は聞かせてもらった。俺がいる」
「ええ。結界を物理で破壊するために、ちょうど呼びに行こうと思っていたところです」
「ふっ。いくぞ」
自信満々に現れたギデオンは、マントを翻して不敵に笑う。
有能なインテリ集団を私塾ごと丸抱えでスカウトするため、皇帝自らが重い腰を上げて新天地へ向かうのだった。




