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【連載版】加護なしの第八王女は、前世が社畜だったので王宮生活がイージーモードにしか見えない  作者: 茨木野


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3/10

03.

 その日から、離宮の支配者は変わった。

 表向きは「無能な王女」のままだが、裏では執事もメイドも、ミシェルの指示一つで動くようになった。

 彼女が修正した帳簿のおかげで、離宮の財政は潤沢になり、ミシェルはフカフカの羽毛布団を手に入れた。

 ついでに、王宮本館の杜撰な会計にもこっそり手を加え、国全体の予算も最適化してやった。

 あくまで「自分が快適に寄生するため」の行動だったが、その結果、国はかつてないほどの好景気に湧いていた。

 誰も、それが離宮の「無能王女」のおかげだとは気づかずに。


 時は流れ、ミシェルは一五歳になった。

 運命の呼び出しがかかる。

 玉座の間。

 九年ぶりに顔を合わせた父王は、老けていた。

 一方、姉たちは相変わらず着飾って、ミシェルを見下している。


「ミシェルよ。其方に役割を与える」


 国王が重々しく口を開いた。


「隣国の皇帝ギデオンより、縁談の申し入れがあった。……もっとも、誰でもいいから王女を一人寄越せ、という乱暴な要求だがな」


 周囲がざわつく。

 ギデオン皇帝。

 「冷血公」「鉄の皇帝」の異名を持つ、若き覇王だ。

 実力至上主義を掲げ、周辺諸国を武力と知略で併合している怪物。

 そんな男の元へ嫁げば、無能なミシェルなど三日で首を刎ねられるか、あるいは戦場の最前線に捨てられるか。


「お可哀想に、ミシェル」


 第一王女が、口元を歪めて嘲笑った。


「あの野蛮な国では、ドレスも着られないそうよ」

「毎日が戦争だとか。無能な貴女にはお似合いね」


 姉たちの言葉には、明確な悪意があった。

 厄介払いができて清々する、という本音が透けて見える。

 だが。

 ミシェルの脳内では、高速の検索が行われていた。


(帝国……検索……ヒット)

『マデューカス帝国:国土は我が国の三倍。資源豊富』

『皇帝ギデオン・ディ・マデューカス:徹底した能力主義。コネや血筋を嫌う』

『宮廷事情:実務派が多数。無駄な夜会や茶会は廃止傾向』


 ミシェルの目がカッと見開かれた。

 瞳孔が開く。

 呼吸が荒くなる。


(コネ上司がいない……だと……?)


 それは、社畜にとってのユートピアではないか。

 今の王宮は、無能な貴族が血筋だけで偉そうにしている。ミシェルが裏でどれだけ数字を合わせても、評価されるのは彼らだ。

 だが、帝国は違う。

 結果を出せば評価される。

 しかも、無駄な付き合い(夜会)がない。定時で帰れる可能性が高い。

 さらに、皇帝は多忙だ。つまり、妻にかまっている暇などない。

 =(イコール)、放置プレイ。

 =、自由。

 =、最高の衣食住と、誰にも邪魔されない読書時間。


「受けます」


 ミシェルは食い気味に叫んだ。

 あまりの勢いに、国王が玉座からずり落ちそうになる。


「き、貴様……意味がわかっているのか? 人質だぞ? 殺されるかもしれんのだぞ」

「構いません。国のため、父上のため、この身を捧げます」


 嘘である。

 ミシェルは「さっさとこの泥舟(実家)から脱出して、大企業(帝国)に転職したい」としか考えていない。

 だが、その決意に満ちた表情は、周囲に「悲壮な覚悟」と誤解させた。


「……そこまで言うなら行け。二度と戻ってくるな」

「はい。お世話になりました」


 ミシェルは深々と頭を下げた。

 その顔は、退職届を叩きつけた直後のサラリーマンのように晴れやかだった。

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