26.
執務室に、ミシェルの静かな声が響いた。
彼女は手元の資料をまとめ、皇帝であるギデオンに向き直る。
「先日の視察データから、由々しき事態が判明しました。前皇帝の時代から蔓延している、粗悪品を売る悪徳店舗が多すぎます。そのせいで消費が冷え込み経済が回っていません」
報告を聞いたギデオンは、なぜか嬉しそうに身を乗り出した。
「なるほど。つまり、粗悪品を売る店舗どもを間引けと」
「左様でございます」
「行くぞ、視察だ」
「抜き打ち監査ですね」
「視察か」
「監査です」
どうしてもデートという名目にしたい皇帝と、一切の妥協を許さない補佐官の平行線である。
ギデオンは軽く肩をすくめた。
「まあいいだろう、行くぞ」
「なぜ陛下がついてくるのですか。細かい帳簿の確認など、書類仕事で陛下は使えないではないですか」
ミシェルは冷たく言い放った。
不敬罪で首が飛んでもおかしくない暴言だが、ギデオンは余裕の笑みを浮かべる。
「ふ、ふふ。俺にそんな口を利くのは、世界でお前だけだ。お前だからこそ許す。……お前が俺にとって特別だからだ」
「ありがとうございます。では、行ってまいります」
ミシェルは無表情で流し、書類の束を手にした。
一切心に響いていない様子の部下に、皇帝の笑みがわずかに引きつる。
「ミシェル様っ。準備完了しましたっ」
そこへ、大量のバインダーと計算魔道具を抱えたティルが現れた。
その瞬間、ギデオンの表情がスッと真顔になる。
「……俺というものがありながら、他の奴とデートか」
「は? ですから監査ですが」
ミシェルはさっさとティルを連れて執務室を出て行く。
扉が閉まる間際、ティルはギデオンから親の仇のような凄まじい殺気を浴びた。
「ひぃっ」
哀れなハーフエルフの少女は、小さな悲鳴を上げて廊下を小走りで駆けていった。
当たりをつけていた店舗に到着する。
いかにも怪しげな薬や魔導具を並べた、薄暗い店だった。
店主は、ミシェルたちの姿を見るなり顔を青ざめさせた。
そして、慌ててカウンターの下に身を隠す。
ミシェルは迷わずカウンターを覗き込み、冷たい声で言い放った。
「そこ」
「ひいっ」
「隠れたということは、やましいことがあるということですね」
ミシェルは背後の部下を振り返る。
「ティル、行きますよ」
「はひんっ」
変な返事とともに、ティルが計算魔道具を構えて突撃した。
彼女は圧倒的な速度で店内の在庫を数え、帳簿をめくっていく。
「ミシェル様っ、仕入れ値と売値の比率が異常です。原液を十倍に水増ししてますっ」
ティルは秒速で矛盾を弾き出し、声高に報告した。
ミシェルは手帳にペンを走らせる。
「なるほど。詐欺罪、脱税、および帝国商業法違反ですね」
「営業停止と全財産の没収を命じます。衛兵、彼らを連行してください」
「そ、そんなぁっ」
泣き叫ぶ店主を衛兵に引き渡し、ミシェルとティルは次の悪徳店舗へ向けて歩き出した。
店の外に出たところで、ミシェルはピタリと足を止める。
そこには、ついてこないはずのギデオンが、壁に寄りかかって腕を組んでいた。
「なぜ、ここにいるのですか」
「なに、お前が終わるのを待つのもデートだ」
「監査です」
ミシェルは深くため息をつき、頑固な皇帝を連れて次の監査対象へと向かうのだった。




