23.
その日の午後、執務室の扉が開かれると同時に、ギデオンが上機嫌で入ってきた。
彼の後ろには、整列した一〇名の男女が続いている。
「ミシェル。……お前の負担を減らすため、俺自ら選抜した精鋭たちだ」
ギデオンは自慢げに彼らを手で示した。
皆、身なりも良く、知性を感じさせる顔立ちをしている。
「最近、働きすぎだからな。彼らを部下として使え。……お前のためにな」
ギデオンは「お前のため」という部分を強調した。
純粋な善意と、少しの恩着せがましさが混じっている。
ミシェルはペンを止め、彼らを冷ややかな目で見回した。
「……はぁ。どうも」
ミシェルは短く嘆息した。
ギデオンが「優秀だ」と太鼓判を押す人間など、ろくなものではない予感しかしない。
「では、能力を見せていただきましょうか」
ミシェルが視線を向けると、候補者たちは次々と自己紹介を始めた。
元騎士団の精鋭、王立学院の主席卒業生、財務省のエリート……。
経歴は申し分ない。受け答えも完璧で、隙がない。
(……優秀すぎますね)
ミシェルは目元に手をやり、彼らの靴底や指先を観察した。
完璧な所作。洗練された立ち振る舞い。
それは事務官というより、訓練された「工作員」のそれに近い。
その時だった。
バン、と扉が勢いよく開き、小柄な人影が転がり込んできた。
「ひぃぃ! す、すみません! 遅れましたぁ……!」
息を切らして現れたのは、ボサボサの銀髪に、長い耳を持つ少女だった。
服はヨレヨレで、膝には擦り傷がある。
ハーフエルフだ。
整列していたエリートたちが、「これだから亜人は……」と露骨に蔑むような視線を向ける。
「……名前は?」
「あ、はい! ティルです! あの、道に迷ってしまって……!」
ティルは青ざめて直立不動になった。
ミシェルは手元の資料に目を落とす。
ティル。王立学院の奨学生だが、種族差別により就職先が見つからず、今回の募集に応募したようだ。
筆記試験のスコアは……異常に高い。特に暗算と情報処理能力はずば抜けている。
「ふむ」
ミシェルは資料を閉じ、全員を見渡して告げた。
「全員揃いましたね。では、合否を発表します」
候補者たちが緊張の面持ちで背筋を伸ばす。
ミシェルは淡々と指名した。
「ティル。貴女だけ採用です」
「へ……?」
「それ以外の九名は不採用です。……衛兵、彼らを地下牢へ連行し、吐くまで尋問してください」
その言葉に、部屋中が凍りついた。
エリートたちが抗議の声を上げる。
「なっ!? なぜだ! 我々は完璧だったはずだ!」
「そうだ! 遅刻した薄汚い亜人が合格で、なぜ我々が!」
ギデオンも驚いたように眉を上げた。
「おいミシェル、どういうことだ? 彼らは俺が選んだんだぞ」
「ええ。陛下が選んだからこそ、彼らは『準備万端』だったのでしょう」
ミシェルは冷徹に解説を始めた。
「現在、この帝城へ続く最短の中央道路は、工事のため通行止めにしています。正規の迂回ルートを通れば、正門からここまで最低でも四〇分はかかります」
ミシェルは懐中時計を示した。
「集合時間は三〇分前でした。……通行止めの道路を避けて時間通りに到着するには、帝都の住民しか知らない『裏道』を通るほかありません」
ミシェルは彼らの履歴書をパラパラとめくり、冷たく言い放つ。
「ですが、あなた方の履歴書を見ると、おや。全員、地方出身や他国の経歴ですね。都民ではありません」
「あっ……」
「一般公募の貴方達が、なぜその『地元の裏道』を知っていたのですか? ……答えは簡単。事前に城の内部構造や帝都の事情を把握している『スパイ』だからですね」
無論、この理屈には詭弁も大いに含まれている。
だが、ミシェルが見ていたのは、その暴論を聞いた受験者たちのリアクションだ。
ティル以外の誰もが、図星を突かれたように、ギクリと体を強張らせたのである。
彼らは各国の諜報機関から送り込まれた工作員であり、有能さをアピールして遅刻を避けるために、あえて最短ルート(裏道)を選んでしまったのだ。
「対してティルは、機密情報を持たないため、正規ルートで迷い、正直に遅刻しました。彼女だけが『部外者』であり、かつ私の求めている計算能力を持っています」
ミシェルの合図で、控えていた衛兵たちが一斉にスパイたちを取り押さえた。
抵抗しようとした者もいたが、ギデオンの冷ややかな威圧に気圧され、大人しく引き立てられていく。
残されたのは、呆然とするハーフエルフの少女だけだった。
「ひぇ、なんでですか……? 私、遅刻したのに……」
「事情は説明した通りです。貴女の計算能力は買っています。あとは私が教育します」
「は、はいぃぃ! ありがとうございますぅ~!」
ティルは涙目で何度も頭を下げた。
「……ふっ」
一部始終を見ていたギデオンが、気を取り直して腕を組んだ。
「……まあ、俺の目は正しかったということだな。最後の一人を見抜いていたわけだしな」
「……」
(貴方が連れてきたのは九割がスパイでしたが)
ミシェルは主君のメンツを潰さないよう言葉を飲み込み、深く溜息をついた。
「……ええ、そうですね。素晴らしい人材発掘でした。おかげでスパイ網を一網打尽にできましたし」
ミシェルは皮肉を込めて感謝を述べると、ティルに書類の山を押し付けた。
新たな部下の教育と、スパイの尋問報告書の作成。
「お前のために」という陛下の善意は、今日もミシェルの仕事を増やしただけだった。




