18.
その日の謁見の間は、異様な熱気に包まれていた。
中央に並ぶのは、先日「聖水」の件で経済的敗北を喫した聖王国の枢機卿と、ミシェルの監査によって没落した帝国古参貴族の残党たちだ。
彼らは最後の悪あがきとして、手を組み、宗教的権威を笠に着てミシェルの排斥を訴えに出たのである。
「陛下! 神託が下りました! その女、ミシェルこそが帝国に災いをもたらす『黒き魔女』です!」
枢機卿が声を張り上げ、天を指差す。
「星の巡りが示しております。この『加護なき女』が国政を牛耳る限り、帝国は火の海となり、民は飢えに苦しむでしょう! 直ちに処刑せねばなりません!」
「そうだ! 魔女を火あぶりに!」
貴族たちも口々に罵声を浴びせる。
神の言葉、星の予言。それらを盾に取れば、皇帝といえども無下にはできないと踏んでいるのだ。
「……ほう。災い、ね」
だが、玉座に座るギデオンは、退屈そうに頬杖をつき、あくびを噛み殺していた。
彼は視線だけを横に向け、傍らに控えるミシェルに問う。
「だ、そうだ。魔女殿。何か言い残すことは?」
「……反論の時間をいただけますか? 三分で終わります」
ミシェルは眉一つ動かさず、一度退出し、すぐに分厚い資料を抱えて戻ってきた。
彼女にとって、この場は断罪の場ではなく、非科学的なプレゼンテーションに対する「ファクトチェック」の場に過ぎない。
「枢機卿。貴方は私が『国を滅ぼす』と仰いましたね。……こちらをご覧ください」
ミシェルは従者に命じ、巨大なボードを掲げさせた。
そこには、右肩上がりのグラフが描かれている。
「これが、私が補佐官に就任してからの帝国の主要経済指標です。GDPは年率一五パーセントの成長、税収は三倍、失業率はほぼゼロを達成しました」
「な、何だと……?」
「物流は改善され、国民の平均所得も二割向上しています。……枢機卿、貴方の辞書にある『災い』や『滅び』とは、国家が富み、民が潤うことを指すのですか? それなら、辞書を書き直すことをお勧めします」
ミシェルは淡々と数字を突きつけた。
枢機卿が言葉に詰まる。
「ぐっ……そ、それは悪魔の力で一時的に……!」
「対して、貴国の現状はどうでしょう? 聖水事業の失敗により、インフレ率は二〇〇パーセントを超え、暴動寸前だと聞いていますが」
ミシェルはさらに別のボードをめくった。
そこには、聖王国の悲惨な経済状況を示す、真っ逆さまのグラフがあった。
「星の動きや神託よりも、目の前の『数字』と『現実』をご覧になってはいかがですか? 私が魔女なら、今のこの帝国の繁栄はすべて魔法(幻)ということになりますが……国民の満ち足りた笑顔も、幻だと仰るつもりですか?」
ミシェルの言葉は、鋭利な刃物のように謁見の間に響いた。
誰も反論できない。
数字は嘘をつかないからだ。
「き、貴様ぁ! 黙れ! 神への冒涜だ!」
追い詰められた枢機卿たちが、顔を真っ赤にして暴れようとしたその時。
パチン。
ギデオンが指を鳴らした。
「……茶番は終わりだ。ミシェルの実績こそが、俺にとっての唯一の『真実』だ」
玉座から放たれる冷ややかな覇気に、その場の空気が凍りついた。
「虚偽の予言で国政を混乱させた罪により、全員、北の鉱山送りとする。……そこなら『災い』ではなく『労働』があるから安心しろ」
「ひぃぃっ! お助けをぉぉぉ!」
衛兵たちが雪崩れ込み、枢機卿と貴族たちを引きずり出していく。
その情けない悲鳴が遠ざかると、謁見の間には再び静寂が戻った。
「……他国の枢機卿を、帝国の一存で鉱山送りにはできないのでは?」
「無論わかっている。単なる脅しだ。これくらいやれば、もう馬鹿な言いがかりはしてこないだろう」
「左様でございますか。しかし……非科学的な会議でしたね。時間の無駄でした」
ミシェルは冷めた声で呟いた。
そんな彼女を、ギデオンは楽しげに見つめる。
「まったくだ。だが、お前が『魔女』というのはあながち間違いじゃないかもな」
「はい? 私は魔法など使えませんが」
「いや、立派な魔女だ。なにせ、俺はお前に夢中にさせられてるからな」
「……はぁ?」
ミシェルは間の抜けた声を上げた。
何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
つまり、「皇帝は君に夢中だ」と、ある意味熱っぽい台詞を吐いたわけだが――しかしミシェルは、単にからかわれたのだと解釈した。
「馬鹿なことばかり仰っていないで、次の議題に移りましょう」
ミシェルは主君の冗談(?)を華麗にスルーし、事務的に次の書類を広げた。
ギデオンは肩をすくめ、しかし満足そうに頷く。
「やはり、お前は面白い」
皇帝は上機嫌に、有能すぎる「魔女」との執務に戻るのだった。




