表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】加護なしの第八王女は、前世が社畜だったので王宮生活がイージーモードにしか見えない  作者: 茨木野


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/20

15.



 その日、ミシェルは月次兵站レポートをめくりながら、眉間のしわを深めていた。

 数字の羅列の中に、見過ごせない異常を見つけたからだ。


「……おかしいですね」


 北方駐屯地への「ポーション(回復薬)」の納入数が、先月より一五パーセントも減少している。

 現場からの報告はまだ上がってきていない。だが、物流の滞りは、やがて前線の崩壊を招く。

 ミシェルは即座に席を立ち、宮廷医務室へと向かった。


    ◇


「あら、ミシェル。……よくわかったわね。今ちょうど、貴女への報告書を書いていたところよ」


 医務室に入ると、宮廷医のフローラが頭を抱えていた。

 机の上には、空になったポーションの瓶が転がっている。


「在庫が底をつきかけているの。原因は原料不足よ」

「薬草ですか?」

「いいえ、『聖水』よ。隣の聖王国からの輸入が止まったの」


 ポーションの主原料である聖水は、聖王国の独占輸出品だ。

 フローラによれば、ここ数日、聖王国側が一方的に価格を三倍に吊り上げ、出荷を渋り始めたのだという。


「……なるほど。足元を見られましたか」


 ミシェルは部屋の隅にある通信用魔道具を起動し、聖王国の通商担当司祭を呼び出した。

 水晶玉の向こうに、恰幅の良い司祭の顔が浮かぶ。


『おお、これは帝国の補佐官殿。……いやはや、嘆かわしいことです。近年、祈りの力が弱まり、聖水の湧きが悪くてな。値上げはやむを得んのですよ』


 司祭は申し訳なさそうな顔を作っているが、その目は笑っていた。

 明らかに嘘だ。

 帝国が経済的に潤ったのを見て、搾り取れるだけ搾り取ろうという魂胆が見え透いている。

 加えて、加護のないミシェルを重用するギデオンへの、宗教的な嫌がらせも含まれているだろう。


「……そうですか。祈りが足りないとは、大変ですね」


 ミシェルは無表情に告げ、一方的に通信を切った。

 そして、フローラに向き直る。


「フローラ様。その聖水、少しお借りします」

「え? いいけど……何をする気?」

「成分分析を行います」


 ミシェルの言葉に、フローラは絶句した。


「な!? 分析って……聖水は神の奇跡そのものよ? 『完成された聖なる物質』を分解して調べるなんて、そんな罰当たりな発想……」

「液体として存在する以上、それはただの化学物質です」


 ミシェルは断言した。

 この世界の住人にとって、聖水はアンタッチャブルな聖遺物だ。だが、前世の記憶を持つミシェルに、その宗教観は通用しない。

 奇跡などない。あるのは物理現象だけだ。


「……やってください。私が責任を持ちます」

「はぁ……わかったわよ。貴女、本当に神様すら恐れないのね」


 フローラは呆れつつも、錬金術師たちを招集し、聖水の解析を始めた。


    ◇


 数時間後。

 検査室から出てきたフローラは、顔面蒼白だった。

 手には、分析結果を記した羊皮紙が震えている。


「……嘘でしょ? 信じられない」

「何が出ましたか」

「これよ」


 フローラが差し出した紙には、聖水の正体が記されていた。

 ――『光の魔石』の微細粉末および、精製水。


「ただの水に、光属性の魔石を細かく砕いて溶かし込んだだけ……それが聖水の正体だったのよ」

「なるほど。やはり、そんなことでしたか」


 ミシェルは納得したように頷いた。

 だが、フローラの衝撃は収まらない。


「でも、これ……うちの鉱山で宝石をカットする時に出る『研磨クズ』じゃない!」


 帝国の鉱山では、光の魔石が多く産出される。

 ジュエリーや魔道具として加工する際、大量の粉塵が出るが、帝国ではそれを「産業廃棄物」として捨てていた。

 聖王国は、それを(あるいは同等のクズを)ありがたがって「聖水」と呼び、高値で帝国に売りつけていたのだ。


「灯台下暗し、とはこのことですね。……フローラ様、国内の鉱山からクズ粉を集めてください。タダ同然で量産できます」

「あ、ありがとうミシェル。……貴女のおかげで、目が覚めたわ」

「当然です。必要なのは祈りではなく、物理的なリソースですので」


 ミシェルは淡々と今後の生産ラインを指示し始めた。

 その様子を、いつの間にか部屋の入り口に立っていたギデオンが、腕を組んで眺めていた。


「……くく」


 ギデオンは愉悦に満ちた笑みをこぼす。


「他国の『信仰』を『ゴミ』に変えるとはな。……まったく、いい気味だ」


 こうして、聖王国の売り渋りと不当な値上げは、ミシェルの科学的アプローチによって無力化されたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
宗教勢力を軽く考えるってのは元日本人の悪癖だよなぁ ギデオンはマジで全力で守護らんとこの先危ういわ
気になった点:聖王国とのその後(和解して通常商流に戻った?絶好?)、自国の研磨クズが聖王国に流れていた理由(処理するとして譲渡?まさか窃盗?)
いや、それ効くの? 成分うんぬんより、それがポーションになるのがびっくりだわ。 むしろ、もっと上質の回復薬つくれそうじゃね?( ̄▽ ̄)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ