第78話 意外な伏兵
前王太子一行がまだまだ夜の色が濃い中、進軍するのをじっと見ている集団がいた。
それはクラーラが率いる無頼漢の集団だった。
クラーラが率いる部下たちはスラム街出身の力や体力自慢の集団とはいえ、訓練されたわけではない元々ごろつきたちの集まりだ。それゆえに、なかなか進軍スピードが上がらず前王太子の集団からは置いていかれる一方だった。しかしオラニエ王国軍の警戒が高まるリーレにほど近いこの辺りでは、前王太子一行の進軍スピードが一気に落ちたことでやっと追い付けたのだった。
「はぁはぁ、やっと追い付いたわよ。フランティエの力を借りて王になるですって?私を切り捨てておいて、そんなこと絶対させてやるもんですか!よし、あいつらは今無防備な背中を晒しているわ。みんな一斉に突撃よ!」
「「「おおおおーっ!」」」
クラーラがけしかけると鬨の声を挙げて、前王太子の集団に襲い掛かるクラーラの集団。
せっかく不意をつけているのに、わざわざ存在を教えるような大声をあげるのは損であるのだが、前王太子一行にしてみれば、ひっそりと隠れ潜んでいるところだったので慌てたのは確かである。
戦術としては間違っているが、嫌がらせとしては大ありだった。
とはいえ、嫌がらせだけの効果では終わらなかった。前方や時折横に注意しながらひっそりと行軍している最中に、突如として背後から大声をあげて襲われるのは想定外だった。そこで動揺しないわけもなく、クラーラ一行のごろつきたちより武装も練度も高いはずの前王太子の部下たちは、応戦しつつも次々と傷付き倒れていく羽目になった。
王太子としては、自分たちもそうだが部下たちが激しく動揺しているのが手に取るようにわかった。敵がクラーラ一行だけであるならば、立て直して返り討ちにできたが、本当の敵はこの後に控えるオラニエ王国軍である。この騒ぎを聞きつけてすぐにでも哨戒中の部隊や、その他の部隊が押し寄せてくるだろう。
この混乱の最中、そこで混戦になったらどうなる?
その見通しのまずさを直感で悟った前王太子ヘンドリックは、襲撃者たちがいる後ろを振り向かずそのまま前に突き進むことを選んだ。いや、はっきりといえば部下たちを見捨てて逃げ出したのだ。そんな王太子の動きにいち早く気付いたマールテンも、王太子に続き戦場を離脱する。そうなると留まって戦っていた者も競うようにして、王太子を追って逃げ出した。こうなってしまえばもう総崩れである。
兵士としての水準が高くないクラーラの集団も勢いに乗って、前王太子一行を追撃していく。ただ目の前にいる逃げ遅れた王太子の兵をいちいち攻撃してしまうので、真っ先に逃げだした王太子との差はどんどん離れていくのだが。
だが、クラーラは違った。彼女の標的は前王太子ヘンドリックのみだ。
「あの白いマントを追うのよ!あれこそが、私の敵なのだから!」
クラーラが先頭に立って王太子を追うと、クラーラを特に慕う何人かはクラーラについて追いかけ、王太子を追う流れができた。
一方で王太子にしてみると、ここまでせっかく潜んでリーレに近づいたのに全てを台無しにするクラーラがまず許せないし、王国軍に自分がここにいることを知らせることにもなるその金切声が癇に障り、余計に神経をいらつかせた。とはいえ、せいぜいが一睨みする程度で、さすがにとって返してクラーラを打ちのめすような愚かな真似はしなかったが。
それよりも騒ぎを聞きつけた王国軍兵士が辺りからわらわらと集まってくる。その数はまだまばらだが、どんどん増えているのは気のせいではないだろう。
ここさえ突破すれば!と王太子自ら先頭に立って、剣を振りかざして前に進む。
王太子は剣の腕も確かだったようで、多少のオラニエ王国軍兵士を物ともせず進む。
ただ、他の者はそうもいかず、クラーラの集団や王国兵に斬られて捕らえられる者が続出した。それは側近筆頭のマールテンも例外ではなくなろうとしていた。
逃げる王太子にいち早く気付き、抜群の剣の冴えを見せてリーレに突き進む王太子のすぐ背後のポジションを確保したのは、さすが抜け目のないマールテンといったところだった。
「私は未来の宰相だぞ!」
しかし、元より剣技はそれほど得意ではない。王国兵と何度も斬り結んでいるうちに、スピードを落とさずに進む王太子の後を追うことが困難になっていた。王太子と自分との間にオラニエ兵が割り込む。
「殿下!未来の宰相を置いていっておりますぞ!」
しかし、その声に前王太子殿下がピクリとも反応することはなかった。
置いていかれて唖然となるマールテン。
自分は数いる側近たちの中でも例外だと思っていた。しかし、他の者と同じく自分も王太子殿下にとってみれば使い捨ての道具だったのだ。そこを斬りつけられ、マールテンはたまらず地面に倒れ込んだ。そこをすかさず兵がのしかかり、取り押さえられた。
肺を圧迫され息が止まりそうになる。
「私は未来の宰相だぞ……」
しかしその弱弱しい声は誰の耳にも入らなかった。もうマールテンの視界に王太子の背中は見えない。
地面に押し付けられたマールテンの口の中は血と土の味がしていた。そしてそれ以上に人生の苦みを噛みしめていた。




