第75話 王太子の逃避行
私はマールテン。王太子殿下第一の側近で未来の宰相だ。
フランティエからの誘いに乗る形になり、リーレにいるフランティエ軍と合流するため、なんとか私たちは王都を脱出することはできた。
脱出時にあの女狐クラーラと一悶着あったせいで、脱出直後に王都の守備隊に捕捉され止むを得ず交戦。味方の半数以上が死傷する被害を出したが、その甲斐あって現状はとりあえず追手を振り払い、難を逃れることができた。
今はその残り少ない味方に殿下が檄を飛ばしているところだ。
「労を惜しむな、名を惜しめ!先のことは案ずるな。もう数も少ないお前たちのことはすべて覚えている。我がことが為った暁には、必ず遺した家族の面倒はみてやるし、なんなら取り立ててもやる。そしてお前ら全員の名を刻んで石碑にしてやる。だからここからが正念場だ、気張れよ」
「王太子殿下のありがたいお言葉を聞いただろう?我ら、王太子殿下を王にするため、死力を尽くすのだ」
「「「おおーっ!」」」
死後に石碑に刻まれても……という即物的な者が多いのも確かだが、士気は確かに上がったようだ。王太子の様子が少し前からこれだったらと思わないでもないが、良い時の王太子殿下が戻ってきたのは喜ばしいことだ。
しかし王都を脱出できたのは良いが、フランティエ軍拠点のリーレまではまだ距離がある。王都脱出後に王都守備隊に追われたことを考えれば、オラニエ王国側に王太子殿下とフランティエと通じたのはもうバレているだろう。素直に最短距離をリーレに向かって進めば、もはや100人にも満たないこの一団では、簡単に捕捉されて全滅してしまうだろう。そうなれば我らは現王に弓引いた謀叛者であるから、揃ってギロチン台送りなのは火を見るより明らかだ。
「殿下、ここからが大変ですね。リーレまでのルートはどのようにいたしましょうか」
「ふん、そんなに難しいことではない。こっちだ、ついてこい」
まっすぐにリーレに向かうのであれば西に向かうのだが、殿下は北に向かった。むしろ西ではなく少し東寄りに進路をとった。そのお陰かしばらくの間、王国軍と遭遇するどころか、影すら見ることはなかった。
しかし、リーレに近づいているとは言い難いのも確かだ。
二日後、今度は殿下は北西に進路を取った。北から大回りにリーレに向かうということだろう。
「頼んだぞ」
ここで王太子が目の前の一行に短く声を掛ける。
ここで我らの構成員のうち10人に別行動の指令を出し、別れを告げた。全員フードを被らせ顔を隠したままこのまま北東に向かわせ、そこにある港町からリーレにほど近い港へ海から向かわせるそうだ。もちろんそちらに殿下は含まれない。手持ちの食料が厳しいのもあるが、主としては陽動らしい。一つの港町でそういうことがあれば、王国側としては他の港町にも警戒の手を伸ばさねばならず、相手の狙いを分散させる目的らしい。
先程殿下より知らされたが、2日前の最初の地点でも重傷者と軽傷者の一部と別れて行動することになったが、彼らにも幾人かに分かれてこの二日後のタイミングで陽動に動くことが告げられていたらしい。
ううむ、さすがというかなんというか。私ではとても思いつかなかった。性格的には色々と残念なところはあるが、殿下には確かに才能があり、中でも軍事的才能はあるのだよな。
彼らと別れを告げて、我らも先を急ぐ。
大回りをしているのでそれ程リーレに近付いている訳ではないが、殿下の作戦が今のところは功を奏しているのだろう。敵の姿はあまり見えない。南部と違い北部は森が少ないので、身を隠しながら夜を中心に移動する。
幸いだったのはこの近辺がデルフト公爵の領地で、恐らく公爵から布告も出ていたのだろう。何度か住民に見つかったが、見逃してもらえたし食料も少し分けてもらえた。しかし全ての住民がそうであるとは限らないので、引き続き隠れながらの移動になる。
その歩みはゆっくりだったが着実にリーレに近付いており、全ては殿下の思惑通り順調に動いているかに見えた。しかし……
「なんだと!?この先でブリティッシュ軍が哨戒行動を行っているだと!?」
偵察に出ていた部下が戻った。殿下はその報告を聞くと、あごに手をやり険しい目つきで考え込んでいる。ブリティッシュがこの戦いに参戦したとは聞いていないが、犬猿の仲のフランティエ側とはとても思えない。オラニエとも仲が良い訳では無いが、少なくともフランティエの味方はありえないだろう。そうなるとこのまま進むわけにはいかない。まずいな。ここにきて殿下の作戦に綻びが見られたか。
しかし殿下の決断は早かった。
「出来ればもっと西から南下してリーレを目指したかったが仕方ない、ここから南下してリーレを目指すぞ」
「危険は?」
側近の一人がそう恐る恐る殿下に尋ねた。何を言ってるんだこいつは。思わず殿下に代わり私は怒鳴った。
「馬鹿者、あるに決まっているだろう。そもそも危険がないルートなんて無いんだ!だがこれ以上そのまま進む方が危険だからこの場合はやむを得ない。なぁにリーレまではまだ少しあるが、もう少しでフランティエ軍の勢力圏なはずだ。ですよね、殿下?」
そう殿下に尋ねると、代わりに私が怒鳴ったのが良かったのか、落ち着いた様子で「ああ、その通りだ」とうなずいていた。
「ここからが本当の正念場だぞ。皆の奮起を期待する」
そう殿下が告げると皆が神妙そうにうなずいた。
あと少しで殿下が王になる。皆がそれを信じ、この先の厳しさを予感しながら我らは進む。




