第74話 整った舞台
前王太子とフランティエの会合が成功に終わると、フランティエ軍も動き出した。
そして王都を脱出する前王太子の目的がオラニエ王国側にバレた後は、こそこそと隠れる必要もなくなったので、それまで守備的だったが積極的に動きだした。
三万以上いるオラニエ兵が前王太子の捕縛を目指して周辺を捜索することになり、リーレに籠ったまま手を拱いているだけでは、前王太子がリーレに到着するのは困難になるのは一目瞭然だからだ。
前王太子をフランティエ軍で確実に確保するために、前線を押し上げてオラニエ兵の自由を縛ることにしたのだ。
前王太子を神輿にしてオラニエの結束を崩す、という明確な勝利点が見えたフランティエ軍は士気も上がった。そのため以前と違い、ディルクが出陣したオラニエとも互角で戦えているように見える。
だが、オラニエ兵もここが正念場と分かっているので、こちらも士気が高い。
両軍の激突は大規模なものから小規模な小競り合いまで、どちらが有利ということもなく、様々な場所で何度も起こった。
が、依然としてどちらの陣営も前王太子の行方はつかめていなかった。
そんなある日、ライデン辺境伯は天幕の中で書状を引き裂いていた。
「くそったれめ!」
ここ一カ月ほど、自領であるライデン辺境伯領で不審火が横行しているのだった。しかし、優秀な兵はみなここに連れてきているので、なかなか原因の究明にまで至っておらず、対応が後手後手にまわっているようで、無視できない被害となっていた。
とはいえど、軍を率いて自領に戻るようなことになれば、オラニエ王国軍の中でも中核をなしているといって過言ではないライデン辺境伯軍が抜けることになり、オラニエ王国軍がその場で瓦解……は言い過ぎにしても、敗退しかねずそれはできなかった。
ただ王都やブリューゼルといった大都市では、長く続く戦争によって政情不安にこそなっているもののこのような破壊工作は受けていない。いわばライデン辺境伯領だけをピンポイントに狙ったものだ。
「フランティエめ……!」
だが、有効であることは確かだ。ライデン辺境伯は臍を嚙んだ。
ライデン辺境伯領は、領地は広く人口はそこまで多くない。保有する兵も北部の人口密集地帯に比べればそれほど多くない。フランティエ憎しでそんな兵たちをこの戦争にみな連れてきてしまったから、領地に残した兵は多くない。
しかし、今さら一部の兵を戻すこともできない。されるがままだった。
自領地の平穏が脅かされているといった状況に、民に優しい辺境伯に著しいプレッシャーを与えていた。
しかし、数日後新たな連絡が入った。
ナムールでフランティエの破壊工作があった場合を考えて、ディルクがナムールの守備隊に与えていた囮を利用した作戦の一つがここで生きたらしい。
その結果、火付けの犯行現場を取り押さえることができ、そしてそれが先日ナムールに北部から入ってきた人足派遣会社の一人と判明した。
人材派遣会社に踏み込み社員を全て拘束し家探しをすると、厳重に隠された王都の本社からの指示書が見つかり、組織ぐるみの犯行であることが判明した。ライデン領内の領都やその他の都市の支社も踏み込み全員を捕縛すると、ピタッと領内の不審火騒ぎが収まった。
これでこの一連の破壊工作は、この人足の派遣会社の単独犯であることが図らずも証明された。
王都の派遣会社の対応を王宮に依頼しつつ、フランティエとの関連を調べるために各支社に保管されていた沢山の文書を調べていたところ、フランティエとの繋がりを示すものは何一つ出てこなかったが、その代わりに一つだけ無視できない名前が記された文書があった。
「クラーラだと!?」
目に前の辺境伯が思わずといった感じで立ち上がる。この日は、たまたまソフィエ様とともに辺境伯のもとに報告に来ていたのだ。
「逃げたとは聞いていたが、こんなことをしていたとは……。ソフィーのことといい、どこまでもライデンに楯突く憎らしい奴だ。殺して殺して殺し尽くしても恨みが晴らせんほどだ」
「同感です。ソフィエ様は寛大な心でお許しになったようですが、私としては今も許せません」
「いや、私だってこれを聞かされたら許さないわよ!?」
その後、前王太子ヘンドリックとフランティエ軍が、裏で繋がりオラニエ侵攻の神輿役に担ぎ出されたことが判明した。そして王都を脱出しフランティエ軍と合流しようとしていることも。
「ソフィエ様にしたことといい、謀反を起こし父王に手を掛けようとしたことといい、さらには祖国を売るとは。どれか一つでも許し難いのに」
「本当ね。でも正直なところ前王太子がフランティエに合流したらマズいわよね?」
「ええ、そうですね。前王太子が旗頭になってもブリティッシュが援軍派兵を取りやめることはないと思いますが、もしかするとデルフト公爵家がこの戦場にいないのはこれのせいかもしれません。ギリギリまで見極めて、旗色次第ではフランティエに寝返る可能性も。そこまでくると本当にマズい」
「しかし、王都では裏で前王太子とクラーラがやり合ってたなんて、面白いというか不思議ね」
「私たちからすれば両者とも敵ですが、あの女狐にしてみれば前王太子も自分を売った敵でしょうからね。ただ私たちを敵視する理由が今一つ分からないですが。恨みたいのはこちらの方です、逆恨みも甚だしい」
そう。前王太子が王都を脱出する際にクラーラ一行と派手にやり合い、そして前王太子とフランティエの繋がりを告発したのはクラーラだったらしいことが報告に上がっている。
しかしそんなクラーラは前王太子の王都脱出の戦いで敗れるも、敗残兵をまとめて王都を出て追撃していったらしい。そのため、その後のライデン辺境伯領での破壊工作が判明して、その元締めである王都本社の人材派遣会社に王都の守備隊によって一斉に踏み込まれた時、主要メンバーは追撃メンバーに含まれていたようで、本社にはいなかったようだ。
クラーラにとっては悪運が強いことに、前王太子追撃のために難を逃れた格好だった。だが、ディルクにとっては望むところだ。あの前王太子を狙えば、自動的にクラーラも狙えるのだから。一石二鳥とはまさにこのことだ。
私は悪い笑みを浮かべた。そんな私を見たソフィエ様は苦笑しながらこう言った。
「いいのよ。私のために無理しなくても。そうはいっても二人とも捕まってしまえば、どちらも王国法に照らし合わせるまでもなく死刑でしょうけど」
「いいえ、そうはいきません。待ってろよ、二人とも。ソフィエ様の前にまとめて跪かせて、これまでの罪を額を地面につけて詫びを入れさせてやる」




