第73話 王太子とクラーラ再び
先日まではただの嫌がらせのためだけに、前王太子ヘンドリックがなんとか逃げおおせられる範囲で王都の守備隊にチクり、その無様な逃亡姿を見て楽しんでいたクラーラだった。
しかし前王太子陣営にクラーラの居場所を王都守備隊にチクられて、逆に逃亡する羽目になった挙句、前王太子の近くに潜ませたクラーラのスパイも撒かれてしまい、一旦は前王太子の足取りを完全に見失ってしまった。
「どうして私が逃げ出さないといけない羽目になるのよ。くっ、なんとしてもヘンドリックを探し出すのよ。この逆恨みを何倍にもして、必ずあいつにぶつけてやるわ」
一方で王都の守備隊どころか、王都でかなり顔の広いクラーラ陣営の追手をも振り切った前王太子陣営は、久々の順調さに盛り上がっていた。そしていまだフランティエへの前王太子の寝返りをオラニエ王国側の人間は誰も知らないことは大きなアドバンテージだった。今のうちに王都を無事脱出し、フランティエ軍と合流すれば前王太子とフランティエの大逆転勝利といったところだ。
そうすればフランティエの保護下ではあるが、前王太子は今度はオラニエ王として王都に凱旋することが叶うだろう。
「ふはははは。とりあえずは王だ、王になりさえすれば私の勝ちだ。私を侮った連中をまとめて処刑台に送ってくれよう。そしていずれはフランティエの支配からも脱して真のオラニエ王となるのだ」
「その意気ですな。しかし油断めされぬよう。フランティエ軍と合流するその日までは」
「ああ、分かっているぞ、マールテン。しかしお前は本当によくやってくれている。私が王になったらお前は宰相だ。励めよ」
「ははっ。かしこまりました。(ちっ、王太子め、私を宰相にして仕事を全て押し付けるつもりだろう。だが、宰相になれるならそれでもいい。どうやらやっと私にも運が向いてきたようだな)
聞いたな、お前たち。我らが望んできた富貴はもう目の前だ。油断せず、万難を排除して王太子をフランティエの元に届けるのだ」
「「「おおーっ!」」」
目の前のにんじんを前に本気になったのか、側近のマールテンを中心に王太子陣営も今までにない結束を見せて、追手に容易にしっぽを掴ませないしたたかさを見せた。
しかし、王都の裏に関しては王都の守備隊などよりも遥かに精通しているクラーラ陣営。スラム街の住人たちの伝手を総動員して、クラーラは執念ともいえる追跡で前王太子の足取りを掴むことに成功した。
奇しくもそれはフランティエ側と前王太子が会談している場で、そこでようやく裏の事情を知ったのだった。
「なんだって?あの王太子がフランティエと……!?」
フランティエと前王太子が結託したら、マズイことになるのはクラーラにもすぐにわかった。そして王太子の売国によって戦争でフランティエが勝ってしまえば、すぐに王都も戦場になる。クラーラを始めとして、この地にあるものは全てが戦火に塗れることになるだろう。今のような生活はもうできなくなるかもしれない。
なので、フランティエと前王太子が接近していると王宮サイドにタレコんだのはもちろんクラーラである。今までのような遊びではなく、前王太子を処刑台に送るつもりで王都守備隊に告発することにしたのだ。
前王太子は捕縛対象なので、連絡を受けて王都守備隊も動いた。しかし、これまでの通報も虚報ではなかったものの、いつも間に合わないので王都守備隊の本気度が少し低くなったのも確かだった。そしてフランティエ絡みの件は、話が大き過ぎて王宮に話が行くまでに時間がかかった。
動きの鈍い王都守備隊に歯噛みするクラーラ。その怠慢さの隙をつかれて、前王太子に王都を脱出されてしまうと感じたクラーラは、スラム街の住人たちの数を頼みに、自らが陣頭にたって王太子の王都脱出を妨害しようとした。しかしスラムのごろつきと正規兵もいる前王太子の側近たちでは強さが違い過ぎた。
「あれを、あいつを逃がしてはダメよ!絶対に捕まえるのよ!」
秘密の脱出路からまさに王都を脱出しようとする一団を襲撃したクラーラは、その中の真っ白な衣服に身を包み明らかに貴人と見える前王太子を指さして、ヒステリックな大声をあげた。前王太子他側近たちは、その聞き覚えのある声に振り返り視線をやると、そこにはよく見た顔が。
「あの女め!ここにきてまで我を祟るとは。許さん!誰かあいつを斬り捨ててこい!」
しかし、今まさに王都から脱出しようとしているこの状況で、あのクラーラの元に向かえば、戻ってこれるかは分からない。結局、クラーラは無視して脱出することになったが、王太子陣営のクラーラへの恨みはさらに積み上げられた。
クラーラにしても目の前で何人もの部下を斬り殺され、挙句の果てに前王太子の王都からの逃亡をむざむざと許してしまうことになり、大いに地団駄を踏むことになった。しかし、クラーラが多少の時間を稼いだお陰で、王都近郊で王都守備隊が前王太子陣営を捕捉することに成功し交戦することに。
肝心の前王太子には逃げられたが、半数近くの兵や側近たちを討ち取ることに成功したのはクラーラの手柄と言えるだろう。もっとも本人はお尋ね者なので、その功を誇ることはできないが。
しかし、前王太子がここで多くの兵を失ったことで、クラーラにもある目が出てきた。
自ら王太子を捕縛することである。
王太子を縄に掛けて引きずり倒し、ひざまづかせてクラーラに謝罪させる。それはなんと甘美な響きだろうか。それを夢見て、クラーラは彼女の陣営の強みである王都を離れ、多くのごろつきを連れて前王太子を追った。




