第70話 第四の国家
ここで話はまた戦場に戻る。
戦場ではオラニエ王国側が相変わらず優位に進めていたが、お互いに決め手を欠いていた。
そのためフランティエとしてはヘンドリック前王太子を神輿に担ぎ優勢を取り戻そうとしていた。一方でオラニエ王国側は特に手立てがなく、自領の防衛に忙しく参戦していないデルフト家やまだ未参戦の貴族の召集を促す程度だった。
そうなるとフランティエとしては、野戦では苦戦している現状は守りを固め、前王太子を担ぎ出してから逆襲に出る方針になった。そのため現在は一旦引き気味で守りを重視する方針になったようだ。守りに入ったフランティエは固く、戦場は膠着状態になっていた。
そんな一時的な戦場の空白期間を利用して、ディルクはソフィエを伴いオラニエ第二の都市ブリューゼルに戻っていた。先日、ナムールから出していた書状の反応があったからだ。
辺境伯家の馬車が止まり、ソフィエ様をエスコートする。
ここはブリューゼルでも格式高い高級レストランで、無理をいって個室の予約をとらせてもらった。それなりの高給取りであるディルクでさえ、思わず二の足を踏むような料金を請求されたが、相手を考えれば仕方ないところか。
上手く行ったら辺境伯にでも請求しよう。
――コンコン
レストランに入ると給仕の案内で店の奥の個室がならぶエリアに案内される。
ドアが居並ぶその中でも明らかに一等格式の高い黒光りするドアの前に案内されると、給仕がそのままノックをする。先方は既に到着済のようで
「どうぞ」
と、中から聞き覚えのある声がする。
給仕がドアを開けてくれたので、私が先に入り確認……一人だけかと思ったらもう一方いらしているようだ。少し驚いたが気を取り直して、ソフィエ様を招き入れてドアを閉める。
部屋の中に視線を戻すと正面には白いシルクのクロスが敷かれた重厚なオークのテーブルがあり、その上には金銀がふんだんに使われたいかにも高級そうなゴブレットが二つ。それぞれ白ワインが注がれていた。
その向こう側には二人の男性が座っていた。
片方は私もソフィエ様もよく知っている男性で、金薔薇の刺繍がされた深紅のダブレットを身に纏い、胸元には大粒のルビーのペンダントがキラリと光る。学園でよく見た精悍な姿のままで、彼はブリティッシュ王国のケント侯爵家の嫡男テディだ。留学生としてオラニエ王立学園に来ていて、当時は仲の良い学友だった。彼とは剣の腕をよく競ったものだ。
とはいえ現在は騎士と侯爵家の嫡男という関係であり、
「サー、忙しいところをご足労いただき恐縮です」
と私は彼らに対して一礼した。
それに対して彼は椅子から立ち上がると白い歯を見せて笑うと
「おいおい、学園時代のように接してくれよ。俺たちは友人だろ?友人じゃないと言うのならこのまま帰っちまうぞ」
こういって手を差し出してきた。
そう言われれば是非もない。私は彼の手を取り、がっちりと握手した。
次いでソフィエ様がカーテシーで挨拶をすると、ブリティッシュ側のもう一人も席を立つ。
「テディ様、お久しぶりですわね。息災でしたか?今日はわざわざありがとうございますね」
「ソフィエ殿もご無事で何よりです。戦場でのご活躍は聞いておりますよ。それではまずこちらの御仁を紹介しましょう。こちらのお方はホワイト第二王子です。ディルクの話を上に話を持って行ったらな、王子が是非ともライデンの青い死神を見てみたいとおっしゃられてな、同行されることになったんだ」
見れば名前が表すように胸に金と青の勲章が入った純白シルクのジャケットを纏っており、テディよりは若干小柄だが、さすが大国の王子で気品が溢れ出ている。
「ホワイトだ。噂の青い死神と赤い死神を一目見てみたくてな。テディに無理を言って連れてきてもらったのだ」
ホワイト王子はそう言うと、銀髪を揺らしながら気さくそうに笑った。
赤い死神と言われて、ソフィエ様はなんとも言えない表情をしていたが、大国の王子相手に文句を言うこともできず、その場を苦笑いで流すことにしたようだ。
ホワイト王子に着席するように促されたので、ソフィエ様の椅子を引いて座らせた後、自分も座る。給仕が呼ばれゴブレットが2つ追加されると、それぞれに白ワインが注がれた。テディが
「私たちの良き出会いと再会に乾杯だ」
といい4人でゴブレットを交わした。
「フランティエとの戦いの様子はこちらにも伝わっているよ。ブリティッシュにとっても最注目事項だからね。こちらにとってもオラニエ王国が正直ここまでやれるとは思っていなかった。ブランデリック帝国も大した援軍を送ってこなかったわけだしね。
しかしそれにしたって、さすがというか、いやいやそれ以上だな。すごいじゃないか、ディルク」
「いやいや、ソフィエ様の指揮の賜物ですよ」
「ちょっと、ディルク。そんなわけないじゃない。私の指揮だけで、フランティエを押し返せるわけないでしょ」
「あはは、これはさっそく噂の仲睦まじいところを見せられてしまったな。だけどソフィエ嬢の指揮もすごい良いと聞いているぞ。さすがは我らが首席だ。帰国時に王宮の連中から『栄光あるブリティッシュの貴族が首席じゃないとは恥を知れとか』かなり皮肉を言われたが、これで私の顔も立つというものだ」
「あら、お役に立てたようで嬉しいわね」
「まぁ、そこで今回の話となるわけだが、正直ディルクからブリティッシュ参戦の可能性についての手紙を受け取った時点では、私としてもそれほど乗り気ではなかった。ディルクには借りがあるし、友人のたっての願いだ。叶えてやりたいが、それだけで本国の軍を動かすには無理がある。僕にはそこまでの権力もないからね」
そういうとテディは両肩を竦めた。
「知っての通り、フランティエとは先年まで百年戦争を戦い、最終的には敗れ大陸の領土はククレを除いてほぼ失った。ブリティッシュだって宿敵フランティエを叩ける機会があるなら叩いておきたいが、まだ百年戦争の傷は癒えていない。それにフランティエの強さを一番分かっているのは我々だ。軽はずみに手を出していい相手ではないことを重々承知している」
フランティエとブリティッシュ。つい先年まで百年戦争を戦っていた関係だ。ブリティッシュ側がフランティエの大半を占領する時期もあったが、魔女とされ処刑されることになる不思議な羊飼いの助けもあり、最終的にはブリティッシュはフランティエによって領土をほぼ全て失いから大陸から追い出された。学園でも学んだ歴史だ。
フランティエは大陸で随一の強兵の国で、そこまでではないがブリティッシュだって陸軍は強い。とはいえ、ブリティッシュといえばなんといっても海軍だろう。海軍は文句なしに世界最強と言える。なのでフランティエも大陸から追い出した余勢を駆って、本国であるブリティッシュ島を攻めるようなことは全くできなかった。
なので本国は無傷だ。
それなのにフランティエを強力に敵視しているブリティッシュになぜ援軍を求めなかったのかといえば、オラニエ王国はノース海の交易で利権が思い切りぶつかっているからだ。
ブリティッシュにとってみれば、フランティエは相容れない永年の宿敵であるが、オラニエ王国も経済の敵である。おいそれとは同盟対象にはならない。
「しかし、リーレの陥落で少し事情が変わってきてね。我が国は知っての通り北国で、毛織物は必需品だ。これまではリーレからククレ経由で本国に入ってきていたが、リーレ陥落でリーレに集まるフランドル地方の毛織物は全てフランティエに流れるようになってしまった。
もちろん、王都アントウェルペンでも買えるし現状はそうしているが、リーレで仕入れていた時よりかなり高額になってしまい、国民に不満が溜まっている。それだけではまだブリティッシュが動くには弱いが、ディルクの活躍でオラニエ王国側にも勝ちの目が見えてきた。それならば一考の価値があるというわけだ。
どうだい?実際戦っている君たちから見て、ブリティッシュが参戦したら勝てるかい?」
なるほど、それを私から直接聞こうとわざわざここまで来てくれたということか。ということは脈がないわけではなさそうだが。
ブリティッシュの参戦はこの膠着状態を崩す一手だ。是非とも実現させたい。
さて、どう答えるべきか。
オラニエ王国、フランティエ王国、ブランデリック帝国――そしてブリティッシュ王国。第四の国家がここに静かに盤上に姿を現した。




