第66話 青い死神
――ブウン、ズシャッ
目の前のディルクが右に左に戟を振るうと、敵の騎馬兵はその攻撃を防げず、血を噴き出しながら立て続けに落馬していく。ディルクは何事もなかったかのように、その空いたスペースに騎馬を進める。
日頃から兵たちと訓練を重ね、私だってそこそこ槍の自信はあった。
だから私も馬上槍を持ってディルクの横に並んで戦い、ともに先頭に立って血路を切り開くつもりだった。が、実際は槍を構えたまま彼の背中についていくだけだった。
目の前の男、それは等しくライデンの青い死神だった。
あんなに強かったフランティエの指揮官に完勝したことから、私はディルクの強さを分かっているつもりだった。しかし、それはまだまだ不十分な認識だった。
馬上のディルクは、さらに別次元の強さだった。
ディルクが一回戟を振るう度に、騎馬兵が一人、また一人と馬から叩き落とされていく。相手のフランティエ兵が弱いのか。いや、そんなわけがない。フランティエ兵は強いし、騎馬に乗れるのはその中でさらに優れた人間だ。
しかし、ディルクはまるで無人の野を行くかのよう。
先程の私の中央突破の作戦の叫びを聞いたのだろう。
敵の騎馬隊とすれば私たちの鋭鋒をやり過ごして、後背から私たちを叩くのが賢いやり方だと思うが、それは彼らの矜持が許さなかったらしい。指揮官以下、突破すら許さないとばかりにディルクの前に立ちはだかった。
しかしそれをまるで草でも刈るように、ディルクは薙ぎ倒し打ち払っていく。
強者の雰囲気を漂わせた敵の指揮官ですら、青い死神の前では数合ともたずに討ち取られた。結果的に敵指揮官を討ち取ったために、敵騎馬隊の追撃を受けずに済んだので、被害がだいぶ抑えられたのもよかった。
ディルクは敵騎馬隊を突き破った。
私や他の味方騎馬兵もそれに続く。
そのままの勢いで無防備な姿を晒す敵左軍の後背から襲い掛かった。
そこから私たちの部隊の活躍は、まさに蹂躙という言葉がふさわしかった。
私もディルクに並んで槍を振るう。彼の隣で戦えるのが嬉しかった。
部下たちも騎馬を躍らせて敵の歩兵を蹴散らす。強兵と名高いフランティエ兵といえど、勢いが乗った騎兵に後ろから襲われれば脆いものだ。その兵たちの動揺は敵左軍全体に伝播していった。
これなら辺境伯軍が率いる左軍も戦えるに違いない。
――ガイン!
変な音がしたので、それを見れば敵の武器ごと敵兵を薙ぎ払ったディルクの戟が折れ曲がったようだ。ディルクはそれを近くの敵兵に投げつけると、腰の剣を抜いて高々と掲げた。
先日、王より拝領した剣だ。陽光が反射し、眩しく輝く。
「王より賜りし剣で、オラニエの敵を討つ!我に続け!」
「「「おおおおおっ!」」」
部下たちの士気が否応なくあがり、彼方で戦う味方左軍の兵の士気も上がったように見える。そしてそれに反比例するように敵兵の士気は目に見えて下がった。
ディルクは疲れが見え始めた愛馬を降りて、剣を持って敵の群れに斬り込んでいった。私の馬はまだもつようなので、騎乗したまま彼に遅れまいとそれに続き、他の兵たちも続く。
徒歩になったことでさすがのディルクも前に進む勢いに陰りが見えたが、王から授かった剣が素晴らしいのだろう。武器ごと敵兵を叩き斬っている姿を先程から何度か見ている。
敵の士気はそれを見てさらに下がっているようだ。
それはそうだろう。武器で防いだと思ったら、武器ごと斬られるとかどう戦ったらよいのだという話だ。
いつしかディルクが1歩進めば相手は2歩下がる、といった形でディルクの前には自然と道ができるようになった。
敵の左軍を縦横無尽に斬り進む我らが騎馬隊。
貴族連合で不甲斐ない戦いをしていたオラニエ王国左軍も、こうまで敵が浮足立ってしまえば……いや、しかしそれでやっとなんとか戦えるといったところだった。
ただ左軍中央はライデン辺境伯の精兵がどっしりと構えて戦えているので、左軍本隊としては互角以上に戦うことができていた。
中軍の戦いはフランティエ左軍の動揺が中軍にも伝わったのだろうか。少し不利と思われていたオラニエ王国軍が完全に互角に戦えていた。右軍については左軍の動揺が伝播していないのだろう、時間が経つにつれてやや劣勢といったところだ。
全体で言えば、初日は左軍が優勢だった分、オラニエ王国側が有利に進めたまま日が暮れ双方とも兵を退いた。
オラニエ王国としては上々の結果で初日を終えたと言える。ただ私から見れば、私たちの部隊は類稀な活躍をしたと思うし、今日と同じことがたやすくできるとも思えない。あれでもオラニエ側が押し切れないとなると、全体としてはなかなか厳しいのではないかと思う。
しかし、この日”ライデンの青い死神”の名前はフランティエ兵の心に深く刻まれ、翌日以降にも大きな影響を及ぼすことになる。
私はまだまだディルクの強さを分かっていなかったのだ。




