第63話 クラーラと王太子
その頃、王都でクラーラは部下であるピータから報告を受けていた。
「そう、ナムールでのフランティエによるソフィエ襲撃は失敗したの。フン、だらしがない。強いという噂のフランティエ軍も案外大したことないわね。それでどうなの?ナムールの支店は無事なの?」
「はい、多少怪しまれているようですが、その後も営業を継続できているみたいです」
「なら、良かったわ。しばらくは大人しくしていることね。北部で戦争が拡大してからの方が動きやすいし、影響も大きいわ。私を苦境に追いやったライデン辺境伯とその娘には少しでも苦しんでもらわないと」
「かしこまりました。そんな噂の二人は、近々フランティエ戦の援軍として北部に来られるそうですね」
「そうらしいわね。フランティエと共倒れになってくれたら嬉しいけど、まぁそこはどうしようもないわね。軍の中だからさすがに近付けないでしょう。軍に知り合いもいないしね。そちらは噂を集める程度にしておけばいいわ」
「かしこまりました。それとご報告がもう一つ。王都での王太子の、いや、元でしたね、元王太子の潜伏先が判明しました」
それを聞いたクラーラは思わずガタッと立ち上がると
「本当?どこなの?ええと貴族街にある使われていなかった中級貴族の屋敷?ふーん、なるほど。……そうね、街の守備兵たちに『元王太子があの屋敷に潜伏しているらしいわよって』その場所を教えて、恩を売ってあげなさい。そうしたら今後の私たちの行動もやりやすくなるでしょ」
「クラーラ様が元王太子に直接手を下さなくても良いのですか?」
「本当はそれが出来たらいいのだけど、私たちの部下ではヘンドリックの部下たちには勝てないでしょ。腐ってもあちらは正規兵が多いのだから」
「不甲斐ないこと申し訳なく」
「いいのよ。あなたはよくやってくれているわ。そうだわ、いいことを考えたわ。いい?ヘンドリックが確実に逃げれるようにヘンドリック側にも情報を流しつつ、王都守備兵に通報しなさい。そうすれば、ヘンドリックは捕まらないまでもみっともなく逃亡するしかないわ。惨めに逃げさせて分からせてあげなさい。もう自分は王太子じゃなくて、逃亡するしかないちっぽけな存在になったことを。あはは、いいザマだわ」
「かしこまりました」
「いいわね。確実に逃げられるようにしなさい。その上で逃亡先をちゃんと把握するのよ。なんなら、逃亡を多少手助けして彼らの内部に入り込んでもいいわね。そして定期的に逃亡先を王都の守備隊に報告するのよ。私たちは王都の守備隊から感謝されて、ヘンドリックは安住の地が無いままに転々と惨めな逃亡者に成り下がる。アハハハハ、これは傑作ね」
ピータは、部下を呼ぶとクラーラに言われた通りに指図していく。
薄暗い部屋だが、豪奢なソファにもたれかかっていたクラーラはそれを見ながら赤ワインの入ったグラスを傾けていた。
「本当に愉快だこと」
一方の王太子一行だが、こちらは王太子の側近筆頭であるマールテンが協力的な貴族を周り資金を集めながら、反抗計画を練っていた。王太子は相変わらず不機嫌で酒に飲んだくれていた。王太子に侍らせられる女がいればもう少し違ったのかもしれないが、不確かな身元の女ではそこから逃亡先が割れる恐れもあり、おいそれとあてがうこともできず、王太子の不満は溜まる一方だった。あんなクラーラでも結局その後役に立たなかったことを考えれば、いればまだマシだったか。いやいや、あんな身分が低いくせにこちらを見下してくるような女は不要だ。
そんなある日だった。
「何?こちらの居場所が王都の守備隊にバレただと!?なぜだ、どこからだ!?」
マールテンは急ぎの知らせという部下の報告を受けていた。その向こうではやる気なく酒を飲んだくれていた王太子が見える。
集めた資金はここではないところに隠しているからいいが、まずは逃げないといけない。王軍に捕まったらまとめて斬首されるのは確実だ。
しかしどこに逃げればいいというのか。
支援してくれている貴族の屋敷は……さすがに現時点で謀反人である王太子を匿ってくれるという、そこまでの危ない橋は渡ってくれないだろう。くっ、とりあえず王都内にある私兵の詰所、そこしかないか。
「もう既にこちらに向かってきているだと!?ええい、仕方ない。最低限の物だけ持ち出して地下水路に逃げ込め。場所は私兵たちの詰所だ。私は殿下を連れていく」
部下たちがバーっと一斉に散って逃亡の準備に入る。既に向かっているなら、時間がない。急がねばならない。
昔はなかなかの逸品だったと思われる少し色褪せたソファに身を横たえながらグラスを傾けている王太子の傍に私は寄ると膝をつき、顔色を窺った。
酒臭い息を吐きながら、どんよりとした瞳でこちらをじっと見る王太子。横で話をしていたが、王太子はロクに耳に入っていなかったのだろう。問答をしている時間も惜しい。
「殿下、ここが王軍にバレました。逃げる必要があります、ご準備を」
「ああ?好きにしろ」
マールテンは自分で歩く気のない王太子を見るとため息をついたが、時間が無いので部下二人にその肩を担がせると地下室に降り、そこから秘密の扉で地下水路に出た。
地下水路といえば、聞こえがいいかもしれないが、ようするに半分以上は下水路である。臭くてジメジメとした場所を足元を汚水で汚しながら逃亡する王太子一行。しかも次の潜伏先に安全に移動できる準備ができるまでは、臭くて暗い地下水路の一角で過ごさざるを得なかった。
すこぶる不機嫌な王太子にお付きの部下が殴られる。
ただそんな臭いところで酒など飲む気分になれるわけもなく、王太子がしらふに戻ったのだけがせめてもの救いだった。
しらふになって余計に不機嫌になったが。
そして新たな逃亡先でやっと一息つけたかと思うと、しばらくしてまた逃亡先が王軍にバレて拠点を変更するという落ち着かない逃亡生活を送ることになり、これで元王太子の機嫌が悪くなって部下に当たるという負の連鎖を迎えることになる。
そんな元王太子は悪臭漂う汚水に足を浸しながら、部下を殴りつける。
「くそっ、なんで俺様がこんな目に遭わないといけないんだ」
それらの情報をクラーラは内部に潜ませることに成功した部下から報告を受けて、上機嫌で美味しいお酒を飲むことになった。
「うふふ、いい気味だわ」




