第60話 遊びじゃない
手柄を狙ったフランティエ兵を撃退し、ナムールにまた平穏が戻った。
そして、対フランティエのシフトから通常警備と領主経営に戻ったソフィエ様。
ナムールはライデン辺境伯の北部への援軍への拠点になる場所でもあるので、その受け入れ準備と街道の整備をまず行った。
そして今回フランティエの侵攻を許した南部の森に簡易的な見張り台を設置することにしたので、ソフィエ様と場所の選定の下見に行くことになった。もちろん護衛部隊もいる。しかし未開の森であるがゆえに行軍は困難だった。2時間程の行軍ののち目星をつけていたところに到着した。
「さっきまでは鬱蒼とした森でジメジメとしてピクニック気分とは言い難かったけど、ここは良いわね」
森の中でも少し小高い丘になっている場所で南側が少し切り立った崖になっていて、南側は見通しがいいし風も通る。見張り台を設置すれば、フランティエ方面である南側に関して言えば、それなりに遠くまで見渡せるだろう。もっとも木ばかりなので、敵兵が歩いていてもすぐには分からないだろうが。
「まぁそうですね。ナムールは四方を森で囲われていて、北東西の各森はその先に都市があるからではありますが、ある程度手が入っているのに対して、南部方面の森は全くの未開の地ですからね。それにはそれなりの理由があるというものです」
「そう考えるとこんなところに滞陣して、ある程度の戦果を挙げていたフランティエ軍はすごかったわね」
「ええ、そういうところを専門に戦う部隊だったようですね」
マリンブルーの髪をなびかせて、風を気持ちよさそうに浴びていたソフィエ様だったが、おもむろに自分の馬から降りると、その手綱を近くの兵士に委ねた。それから私の馬の首に手を駆けると「よっ!」と私の前に乗ってきた。いわゆる二人乗りだ。
ソフィエ様は軽いし、今日は私もソフィエ様も鎧を着ていない軽装なので普段より軽くはある。乗っているのは軍馬なので頑丈ではあるので大丈夫だけど。
~♪
私の前に乗ったソフィエ様は表情こそ見えないが、機嫌がよさそうなのが伝わってくる。手綱をもつ私の手の上に自身の手を重ねるとそのまま私に背中を預け寄りかかってきた。
目の前には日の光を浴びて輝くマリンブルーの頭がリズム感を持ちながら揺れている。まんま恋人気分といった感じだろうか。領主としてお忙しいのはいたわってはあげたい気持ちはあるのだが。
「ソフィエ様、兵たちが見てますよ」
「いいわよ。どうせ私は屋敷にいればどこで何をしても侍女たちが傍にいるわ。兵たちがいるか侍女たちがいるかだけの違いよ」
確かにそうかもしれないけど、私の立場もあるんですけどね。
それに軍は遊びじゃない。ソフィエ様も少し悪い意味で軍に慣れてしまったのかもしれないな。いざという時に守ってくれる兵たちのためにもこれはあまりよくない傾向だ。
ちらっと兵たちの方をみると、さっと視線を逸らされた。まるで「見てませんよ」とばかりに。
そんなわけないだろう。私は苦笑しながら、そのままじーっと見続けていると無言の圧力を感じたのか部隊長は
「よし、お前たち3つに分かれてこのあたりを巡回調査するぞ。1部隊はここから東側、もう1部隊は反対の西側、もう1部隊はここまでの道を少しでも通行しやすいように確保しろ。いくぞ!」
と部下を軒並み引き連れて巡回に出てしまった。これであたりに兵たちの目はなくなった。
私はそれを確認すると手綱から手を放してソフィエ様に持たせると、ゆっくりと後ろからソフィエ様を抱きしめた。
「あっ、ディルク……」
「困ったお嬢様ですね。私の立場もお考え下さい」
「だって……」
私はソフィエ様を抱きしめたまま脳天のあたりに数度口づけを落とした。
それから口付けたままソフィエ様の頭に顔をぴったりとくっつけると、すんすんと音を立ててソフィエ様の髪の匂いを嗅いだ。
うん、思った通りいい匂いだ。
「ソフィエ様の髪の毛、お日様のようないい匂いがしますね」
「そうかしら?嬉しいけど、あんまり嗅がれると少し恥ずかしいわ」
少しずつ場所をずらしてソフィエ様の髪の毛の匂いを嗅いでいく。少しずつ頭の位置を下ろしていき首筋が近くなると、ソフィエ様はくすぐったそうに身を捩った。その姿がとても愛おしく、私は少し悪戯を思いついて、首筋のあたりを重点的に臭いを嗅ぐ仕草をした。
「ちょっと、ディルクやめて。もうそれ絶対に髪の毛の匂い嗅いでいないでしょ。ここまで来るのに道が悪くて大変で、少し汗ばんでいるんだからだめよ」
ダメといいながら、少し笑っている。くすぐったいのだろうか。私はソフィエ様のお願いを無視して臭いを嗅ぎ続けた。別に汗臭いとは思わない。いい匂いだと思うのだがな。
「ちょっと、ダメ。やめなさい。それ以上はダメなの。領主権限で命令するわ。やめなさい。今すぐに」
私から逃げるかのように身体を動かそうとするが、私は絶対に離さないという意思を込めて、さらに抱きしめている両腕に力を込めた。それに馬の上で暴れるのは危険ですからね、ソフィエ様。
「私の領域に自ら飛び込んできた美しい蝶々が悪いのですよ。領主権限だろうがなんだろうが、もう逃げられるとは思わないことです」
まんまと蜘蛛の巣にかかった蝶々をいただくかのように、私はソフィエ様の首筋を一舐めした。
「あんっ」
少し大きなその声は静かな森によく響き、そしてそんないつもと違う声を自分が出したと気付いたソフィエ様は、慌てて自らの口を押さえている。耳がとても真っ赤だ。
だが、私は腕の力を弱めずに逃がさないという意思をはっきり伝えて、今度は真っ赤な耳たぶをかぷっと甘噛みし、さらに甘噛みだけではなく、そのまま耳をついばむように口づけをしていった。
「あんっ、ごめんなさい。ディルク、私が悪かったわ。これからはディルクの立場もちゃんと考えるわ。ああんっ、もうダメ、許してちょうだい」
ソフィエ様はジタバタと少し暴れたあと身体をぐったりと弛緩して、抵抗する姿勢をなくしたので、少し名残惜しいが私も悪戯をやめて耳元で囁いた。
「仕方ありませんね。もう兵たちの前でこういうことはいけませんよ?」
「はぁはぁ……わかったわ、ごめんなさい。もうしないわ」
いつもの聞き分けのよいソフィエ様に戻ったので、太陽の光に輝くマリンブルーの頭を優しく撫でると、うっとりとした表情になるソフィエ様。その笑顔がいつもより少し艶っぽいのは気のせいだろうか。
「でも、私に絶対に忠実なのかと思ったら、ディルクって結構いじわるなところもあるのね。でもそういうディルクもステキよ」
といって少し額に汗して上気したままのお顔で笑ったソフィエ様は、私にとっては思わずその場で押し倒してしまいたくなるくらいとても魅力的だった。私は態度に出さないようにぐっと堪えてにこりと笑い返したが、気付かれなかっただろうか。




