第52話 呼び出し
ソフィエ様のフランティエを罠に嵌める作戦はこうだった。
「私が領主代理として、近隣の村の慰撫を行うと称して、手薄な手勢を引き連れて近隣の村を繰り返し訪れます」
ナムール領主代理というこの地の最重要人物でありながら、今やフランティエの第五王子を振ることで多大な恨みを買っているソフィエ様。彼女自身が、ナムールの外に出て囮となることでフランティエ軍を誘き寄せてそこを叩くという作戦だ。フランティエの指揮官ならば、そのチャンスがあるなら是非ともソフィエ様を生け捕りにしたいところだろう。
「領主代理、それは危険すぎます。あなた様を失うリスクはどんなリターンでも見合っておりません」
武官の一人がそう言うと、「そのとおりですぞ!」と武官たちからはこぞって反対意見が出た。
私もその意見に賛成だ。ソフィエ様を危険に晒すなどとても同意できない。
「でも、囮として有効なことは認めてくれるのね?」
「とても承認できません」
「あら?ディルクが私を守ってくれるのではないの?」
「相手がアーヘン伯の木っ端兵士ならともかく、相手は強兵でうたわれるフランティエ軍です。しかもその特殊部隊と思われ、それはイコール精鋭部隊ということです。甘く見ることなど到底できません。そして我らはここにいる彼らの総兵数が、まだどれくらいかも掴めてすらいないのです」
他の武官たちもうんうんとうなづいている。武官たちに納得してもらえない現状に、皆を見回して賛成者を探しながらもいない現状に唇を噛むソフィエ様。私とも目があったが、私は無言で首を左右に振った。かわいそうではあるけど、私としてもこのような作戦には同意できかねる。主君としても恋人としてもだ。
しかししばらくすると決意を新たにしたのか、ソフィエ様は高いよく通る声で
「いいえ、これは領主代理としての決定よ」
と言い放った。
周りはざわざわとしている。無謀な作戦というわけでも部下を使い潰すような作戦というわけでもない。ソフィエ様自身を囮にする策は、危険はあるが有効であることは確かだし、領主権限まで出されてしまっては皆もどうしようもないと言った様子だ。
しかし万が一にでもソフィエ様を失う訳にはいかない。
するとちらちらとこちらを見る武官たちの視線が目につき始めた。
「ディルク、お前が何とかしろ」とばかりに。
はぁ、仕方ないか。こういうのは好きじゃないんだけど。
私はソフィエ様の手を掴むとぐいと引っ張った。
「ちょ、ちょっとディルク!どうしたの?」
「ソフィエ様、こちらへ。お話があります」
そのまま手を引っ張って、奥の部屋にソフィエ様を連れ込みドアを閉じた。部屋に入る瞬間に冷やかす声や口笛などが聞こえた気がするが、お前らあとでしごくから覚えてろと心に誓った。
二人で入ったその部屋は資料室のようなところで、小窓から少しだけ明かりが入った薄暗い少し埃っぽい部屋だった。
「強引なディルクもいいけど、いきなりは……少し困るわ」
薄暗いので少し分かりづらいが、ソフィエ様の普段はとても真っ白なお顔が少し赤く染まっているように見える。私はソフィエ様を壁に押し付けると包むように立ち、ゆっくりと声を掛けた。
「ソフィエ様、あれはよくない。領主権限を出して黙らせるのは。部下たちの自由な議論を奪ってしまう。粘り強く考えたら何かいい案が出るかもしれない」
「でも領主代理としてこの状況を見過ごすことはできないわ。無駄に時間をかけることもできない。早急に手を打たないと」
ソフィエ様をじっと見た。少し焦っているのかもしれないな。
領主代理として、近隣の住民や商人たちに被害が出ているのが辛かったのかもしれない。いや、それ以前に自分の婚姻の件が理由でライデン辺境伯領がこうして火の粉を被り始めているところから、すでに悩んでいたのかもしれない。
だが、それではダメだ。
「ソフィエ様、戦場で焦りは禁物です。しびれを切らして、先に動いた方が負けるという展開は往々にしてあります。今、ソフィエ様はそれに陥ろうとしているように私には見えます」
私はソフィエ様の頬を撫でながらやさしく諭すように伝えた。
「そう、かもしれない。でもこのままでいいわけがないわ」
それに対してソフィエ様は「分かっているけど、納得できない」とばかりに俯きながら少し口を尖らせてそう口にした。
「それが焦りです。焦れば勝てるものも勝てなくなる。村人や商人の犠牲は確かに心が痛いですが、それで大局を見誤ってはいけません。それで我々がここで負けるようなことがあれば、被害はもっと大きくなる」
私は今度はあごのあたりを優しくさわると、ソフィエ様は切なそうにしながら私を見上げてきた。
「でも……」
と言ったあたりで私はそれ以上しゃべらせませんよとソフィエ様の唇を塞いだ。ソフィエ様は少しびっくりされた目をされたが、目をつぶるとそのまま私に身体を委ねてきたので優しく抱きとめた。
しばらく、そのまま口づけていたが、隣の部屋に武官がたくさん控えたままでいることを思いだし、唇を離した。
「落ち着きましたか?」
「……ばか」
「あの作戦が全て悪いとは言いません。危険がゼロの作戦などないのですから。ですがあのままの勢いですと、ソフィエ様の安全があまり担保されない作戦になりえました。彼らはそれを危惧したのです。ですので、やるにしろ危険要素を極力排除するなど、少なくとも彼らも納得する作戦を考えましょう。その上の作戦でしたら、私が命に代えてもソフィエ様をお守りします。」
「ディルクの命に代えたらそれはダメなの。ディルクは私を守って、自分も死なないこと。それが約束できるなら、さっきの領主代理命令は取り下げるわ」
「はい、わかりました。約束しましょう」
「それと、さっきのを……定期的に私とすること」
「さっきのとは?何のことを言っているのですか?」
と言いながらも、私はソフィエ様の健康的な赤くてみずみずしい唇を指でなぞり、言外に「キスをして欲しい」とソフィエ様に言うように要求した。
「もう!ディルクのいじわる!」
それが通じたのだろう。ちょっと怒った顔で文句を言われたが、最終的には「もっとキスして欲しい」と照れながら言わせることに成功した。そんなソフィエ様の怒った表情も照れた表情も私にとっては非常に魅力的で、一生守っていくという胸の中の誓いを新たにした。




